第8章 To embrace…
家に帰ると俺は早速途中で買い込んだ弁当を、リビングのローテーブルの上に広げた。
「なあ、それ全部一人で食うつもりか?」
ソファーの端っこに座った智は、呆れた様子で笑うけど、仕方ねぇじゃん…?
どれも美味そうに見えたんだから…
「残ったらお前が食え」
「やだよ、俺そんな食えねぇし…」
元々食の細い智のことだから、期待はしてないけど…
「あ、なあ、工事入るって言ってたけど、お前いかなくていいのか? ほら、“一応”支配人じゃん?」
“一応”ってなんだ、“一応”って…
これでもちゃんと支配人としての務めは果たしますが?
「それなら雅紀に任してあるから、安心しろ」
雅紀には打ち合せの段階から話は通してあるから、工事に関する全ての対応は把握している筈だ。
だから余程のトラブルが起きない限り、俺が駆り出されることは、ほぼ無いと言ってもいい。
頼りになる右腕だ。
「ふーん、雅紀も大変だな、上司に鬼のようにこき使われて(笑)」
おいおい、なんか酷い言われようなんですけど?
「うっせー、お前に言われたくねぇし」
ま、いいけどな…、智が笑っていてくれるなら…
俺はそれだけでいい。
「あ、で、杮(こけら)落としのことなんだが、お前の単独公演にすっから、頼むな?」
「は、はあ? お前何言ってんの? 俺、そんなん無理だって…」
無理は承知の上だし、断られることも想定内…
だけどいつか智の単独公演をしたいと思っていたのは事実で、そのタイミングが中々掴めずにいた中、改修工事は正に絶好のチャンスだと考えていた。
「つべこべ言ってんじゃねーよ(笑)」
「だって一週間後だろ? 時間足んねぇし…」
確かにな?
でもな、智?
「工事の期間は一週間だけど、その後も細かい作業が残るだろうし…実質二週間はある」
その間に智の身体も回復するだろう…
そう…俺の頭にあったのは、身体に受けた表面上の傷だけ…
智が心にも受けた傷のことなんて、これっぽっちも考えちゃいなかったんだ。