第5章 Time…
智を一人支配人室に残し、大道具やら機材やらで溢れた狭い通路を抜け、ステージ袖まで出ると、薄闇に紛れて二つの人影がゆっくりこちらを向いた。
「お前ら…こんなトコで何やってんだ?」
「あっ、翔ちゃん…!」
情けない声を上げたのは、副支配人の雅紀だ。
そしてもう一人は…
「あん、もう…相葉さんたら…。直ぐに支配人に泣き付くんだから…」
健か…
どうせ雅紀が独り身なのを良い事に、色仕掛けで擦り寄ったんだろう…
ダンサーとしての資質は十分なだけに、残念な奴だ。
「お前明日もステージあんだろ? たまには早く帰って休め」
劇場を取り仕切る責任者としての一言に、健は仕方ないとばかりに肩を竦めて見せると、振り向き様、雅紀に向かってウィンクプラス投げキッスを送った。
やれやれ、困った奴だ…
「あ、健。帰りにエステ寄んの忘れんなよ? 脛毛、生えて来てるぞ」
駄目押しの一言に、健が薄闇の中自分の両足を手で撫でる。
そして、
「やっだー、もぉっ…」
キャッとばかりに両手で顔を覆い、内股気味に楽屋へと続く階段を駆け上がって行った。
「ったく、乙女かよ(笑)」
「いやぁ、助かったよ、マジで…。もうさ、健の奴しつこくってさ…」
クスクスと笑いながら舞台袖からステージ上へ出た俺を、心底困り果てた雅紀が頭をガシガシと掻きながら着いて来る。
「それはお前、アレだ。早いとこ特定の相手作んねぇからじゃねぇか?」
スラッとした長身、見るからに爽やかな好青年と言った風貌をしているにも関わらず、雅紀が恋人と呼べる存在を作らないのには理由(わけ)がある。
コイツには随分と前から惚れてる相手がいる。
智と同じダンサーで、小悪魔キャラを売りにしている、そう…ニノだ。
尤も、そのことに俺が気付いている、なんてことは、この天然を絵に書いたような男は知る由もないんだけどな。