第5章 Time…
珍しく俺が仕事を終えるまで待つと言った智は、その言葉通り、ソファーの上に置物みたく座ったきりで、ひたすらコピー用紙の裏側に鉛筆を走らせていた。
ダンス以外に興味を持たない智が、唯一趣味としているのが、絵を描くことだ。
その腕前は、素人の俺が言うのもなんだが、中々のもので…、もしダンサーをしていなかったら、そっちの道でもそれなりに大成で来たんじゃねぇか、って…。
まあ、智に言わせりゃ、そんな甘い世界じゃないそだうだが。
「よし、終わった」
ホームページと帳簿のチェックを終え、ノートパソコンの電源を落とし、一応仕事中だからと我慢していたタバコを咥えた。
「もう帰れるのか?」
ローテーブルの上に広げたコピー用紙を掻き集め、智が欠伸を噛み殺しながら俺を振り返る。
「いや、もう少しだけな」
明日も変わりなく劇場での公演は開かれる。
滞りなく幕が開けられるよう、ステージや機材にトラブルがないか、最終チェックをするのは俺の役目だ。
別に副支配人の雅紀や、他に信頼のおけるスタッフに任せてしまえば済むことなんだが、それだけはどいしても譲れなくて、劇場をオープンさせた時からずっと続けている。
「そか…、支配人ってのも案外仕事あんだな?」
「まあな、…つか、お前が知らないだけだろうが」
自分のステージが終わったら我先にと劇場裏口から飛び出してくくせに…
「すぐ戻るから、もう少し待ってろ」
茶色い猫っ毛をクシャッと混ぜて、膨れた頬にキスを一つしてやると、俺の緩めたネクタイをひっぱって、”もっと”と強請るような視線を俺に向ける。
でも俺はそれに応えることはせずに、ネクタイを掴んだ手をそっと解き、ジャケットを羽織った。