第27章 All for you…
誰一人として声を発することなく、不安な気持ちを抱えた俺を乗せた車は走り…
「えっ…、どうして…?」
着いたのは、翔が入院している病院だった。
「なあ、どういうことだ…。なんで…、まさか…」
翔の身に何かあったんじゃ…
俺の脳裏に一抹の不安が過ぎる。
そしてそれを裏付けるかのように、
「早く行って! 急がないと間に合わなくなる!」
普段は鬱陶しいくらいの明るい笑顔を振り撒く雅紀が、その顔を目一杯強ばらせた。
「嘘…だ…。そんなこと…、だって翔は…」
ついこの間会った時は、目こそ開けることはなかったけど、それでも握った手からは確かな体温が感じられたし、それに触れた唇からは微かではあったけど呼吸だって感じられた。
なのに…、どうして…
「ほら、何やってんの、早く!」
動こうとしない俺に焦れた雅紀が車を降り、後部のドアを開け放つ。
「や、やだ…、降りない…」
「何でよ…」
「だって…、だって…」
翔の死に顔なんて…見たくない…
現実を受け止める自信なんて、今の俺には…ない。
「やだ…、絶対やだ…」
俺は意地でも降りるもんかとばかりに、車のシートにしがみ付いた。
でも細いくせに、力加減が半端なく馬鹿な雅紀の前では、俺の力なんてまりっきり子供みたいなもので…
「もおっ! 降りろってば!」
いとも簡単に車から引き摺り降ろされてしまう。
「…っにすんだよっ…!」
アスファルトの上に投げ出された俺は、それでも抵抗を試みようと雅紀を睨みつけた。
でも雅紀は特に意に介すこともなく、俺の目の高さまで腰を折ると、俺の片頬をそっと撫で、それまでの険しく歪めた顔から一転、穏やかな笑みを浮かべた。
「行っておいで? 行って、翔ちゃんに会っておいで? 後悔…したくないでしょ?」
「で、でも…」
「いいから、ね?」
雅紀は俺を抱えるようにしてその場に立たせると、そのまま長くて華奢な腕で俺を強く抱き締め、頭を二度…ポンポンと叩いた。
「一人じゃ不安?」
胸に顔を埋めてコクリ頷く俺を、雅紀はほんの少しだけ身体から引き剥がして、俺の顔を覗き込んだ。
「俺達もすぐ行くからさ…。だから先に会っておいで? ね、智?」
宥めるような雅紀の口調に、俺の荒みかけた心が凪いで行くのを感じた。