第27章 All for you…
「久しぶりだね」
右手を軽く上げ、笑ったその顔には、確かに見覚えがあった。
でもそれが誰だったのか…、いつ会ったのかが思い出せない。
「あの…」
戸惑いの声を上げた俺に、その人は表情一つ変えることなく俺に向かって右手を差し出した。
仕方なく…だけど、俺はその手を握り返した。
するとその人は、俺の肩を左手で軽く叩き、
「今日のステージ、楽しみにしてるよ」
そう言って、握った俺の手を解いた。
「あの…、今日俺がここで踊ることを誰から…?」
俺が再びステージに立つことは、特別宣伝もしていなければ、ごく身近な人間しか知らない筈。
どこから情報を得たのかが気になった。
「そうだね、ある人から、君がここのステージで踊るって連絡を貰ってね? それでどうしても君の踊りを見たくなった、ってことかな。ま、自分の目に狂いがなかったか、確かめたかった、ってのが本音かな」
「は、はあ…」
言ってる意味はさっぱり分からなかったが、どうやら俺にとって悪い話ではないようだ。
それに、俺自身の記憶からは、その人のことは綺麗ださっぱり抜け落ちてしまっているが、俺のことは知っているみたいだし…
「あ、あの…、俺がここで踊るって、誰から…?」
「それは…」
そう言ったきり、その人はさっきまで饒舌に語っていた口を、ピタリと噤んでしまった。
聞いちゃいけないことを聞いたんだろうか…
「あ、別にいいんです。ただ、ちょっと気になったから…」
「いや、秘密にすることでもないんだが…、そうだな…、あえて言うなら、君の古くからの友人、とでも言っておこうか…」
「俺の…友人…、ですか…?」
誰だろう…、さっぱり思い出せない…
眉間に皺を寄せ、考え込んでしまった俺の肩を、もう一度ポンと叩くと、その人は俺の手に小さな紙切れを握らせ、
「じゃ、俺は客席で見させて貰うよ」
入って来た時と同じように、右手を軽く上げてドアの外へと出て行った。
何だったんだろう…
手の中の小さな紙切れに視線を落とした、丁度その時、入れ違うようにメイク道具を抱えた健永が部屋に入って来た。
「すいません、大急ぎで準備しますね」
健永は鏡の前にメイク道具を広げると、手際良く俺の顔にメイクを施していった。