第27章 All for you…
「そろそろ時間だけど、準備出来てる?」
ノック音と同時に聞こえた声に、鏡に向けていた顔をゆっくりと振り向かせる。
すると声の主は俺の顔を見るなり、腹を抱えて笑い出した。
「なに、どうしたの? あ、もしかして久し振りのステージだからって緊張しちゃってるとか?」
「う、煩い…、そんなんじゃないし…」
相変わらず失礼な奴だ。
でも…、実際その通りかもしれない。
さっきから鏡には向かっているものの、手元が狂ってちっともメイクが進まない。
「健永呼ぼうか? この分だと開演時間に間に合いそうもないし…。そうしよ?」
言われて壁の時計を見上げる。
確かに幕が上がるまでに残された時間は僅か…
なのに未だに衣装すら着替えていないとなれば、その提案を受け入れるしかない。
「分かった、そうしてくれるか?」
「うん、ちょっと待ってて?」
そう言って内線電話をかけるその声は、さっきまでの軽い調子ではなく、どこか威厳を感じさせるような、そんな声だった。
「健永、すぐ来るって」
「そっか…、悪いな、忙しいのに…」
舞台初日とあって、皆それぞれ忙しく動き回ってるのに、俺なんかのために…
それを思うと申し訳なさを感じずにはいられない。
「気にしないの。あ、そんなことよりさ、会いたいって人が来てんだけどさ、通しても良い?」
「いい…けど、時間ないんじゃ…」
メイクも、衣装もまだなのに…
「大丈夫、健永の手にかかればすぐでしょ? それにさ、もう来て貰っちゃってんだよね、そこに」
えっ…、はあ?
驚きを隠せない俺とは対照的に、したり顔で親指を立てて見せるけど…
ただでさえ切羽詰まった状況で、しかも何の心の準備も出来てないってのに?
内心、そのクイッと立った親指をへし折ってやりたい心境にも駆られるが、そんなことが許される筈もなく…
「分かった…、ちょっとだけなら…」
誰だか知らないが、すぐそこまで来ていると言われて、無下に追い返すことなんて、今の俺には出来ない。
俺は鏡に向き直して、深い深い溜息を一つ落とすと、ゆっくり開かれるドアを、鏡越しに見つめた。
「どうぞ?」
声をかけられ、入って来たのは…