第26章 Missing heart…
エレベーターで一階のフロアへ降り立った俺は、対応に追われるホテルマン達を横目に、正面玄関とは真逆…非常口に向かった。
非常口のドアが建物内部からしか開閉出来ないことは、予め確認済みだ。
俺は周囲に人気がないことを確認してから、自分の足で立つこともままならない智を片手で支えながら、通常よりも重い鉄の扉を押し開いた。
「もう少しだから…」
腕の中でぐったりとする智と、そして今にも足元から崩れてしまいそうな痛みに耐える自分に言い聞かせ、車を停めた場所まで移動する。
その間も俺の背中からは、ドクドクと血が流れ出し、そのせいで濡れたスラックスが足にベタつく。
それでもやっとの思いで車まで辿り着き、助手席のシートに智を括り、運転席のシートに身を沈めた瞬間、一気に虚脱感が俺を襲った。
「智…ごめんな? 俺もう駄目かもしんねぇ…」
お前を守ってやるだけの力…、もう残ってねぇや…
朦朧とする意識の中で、俺は隣に座る智の手をキュッと握った。
「ごめん…、ごめんな…、智…」
俺にもっとお前を守るだけの力があれば、お前をこんな目には合わせなかったのに…
ごめん…
涙が自然に溢れて止まらなかった。
「愛してる…、この先もずっとお前だけを…」
俺は身体がバラバラになるような痛みに耐えながら、片腕だけを伸ばすと、骨の浮き出た智の肩に回した。
そして、カサカサに乾いた唇に自分のそれを重ねた。
その時、
それまでピクリとも動かなかった智の指が、微かに…ではあるけど、俺の手を握り返した。
「さと…し…?」
唇を離し、呼びかけてみるけど、それ以上の反応はない。
「気のせい…か…。でも…」
繋いだ智の手からは、確かな体温が感じられる。
「そう…だよな…、こんな所でくたばってらんねぇよな?」
月明かりに照らされた智の痩けた頬を、血に染まった手で撫でる。
上島は言った…
智はここを出たら生きていけない…、と…
それは即ち、もう薬無しではいられないということを意味する。
でも…、まだ智はこうして生きている。
俺の腕の中で、微かではあるけど、息をしているじゃないか…
それでも尚、この息を止めるのであれば、それはこんな所じゃねぇだろ…
俺はシリンダーを回すと、ハンドルを握り、アクセルを踏み込んだ。