第26章 Missing heart…
「それでも構わない…。智は返して貰います」
どの道同じ運命を辿るなら、私利私欲のために智を利用した薄汚ねぇ男の腕なんかじゃなく、せめて俺の腕の中で…
俺はシーツに包んだ智を両手でそっと抱き上げると、上島に目をくれることなく、煙の立ち込める部屋を出た。
そしてリビング部分を通り抜け、漸く通路へと抜けるドアのノブに手をかけた、その時…
「智は渡さない!」
上島の叫びと同時に、背中に感じた鈍い痛みに、俺は肩越しに後ろを振り返った。
上島の、血走った目が不気味に歪められる。
「智は俺の物だ…、誰にも渡さない…!」
内蔵を抉られるような痛みに、全身の毛穴という毛穴からから脂汗が噴き出してくる。
「上…島…、てめぇ…っ…!」
俺は振り向き様に足を振り上げ、一瞬怯んだ上島の腹に蹴りを食らわせた。
勢い良く弾け飛んだ上島の身体は鈍い音を響かせながら壁にぶち当たり、ずるずると床に崩れた。
片手で腹を押さえ、それでも尚俺の足を掴もうとする上島に、もう一度…今度は顔面目掛けて蹴りを入れ、俺は耐え難い痛みを感じながらも、智を抱きかかえてその部屋を出た。
まるで全身が心臓になったみたいに、ドクドクと脈打ち、智を抱く手から力が抜けて行く。
それでも智だけは…漸くこの手に取り戻した智だけは離すまいと、俺は頭を何度も乱暴に振って、今にも遠のきそうになる意識を呼び戻した。
ボタンを押し、エレベーターの到着を待つ。
その間も、上島が追って来やしないかと不安が過ぎる。
「くっそ…」
俺はエレベーターホールを見回すと、丁度セミスイートとと反対側の通路に位置するドアの横に、赤く光るランプを見つけた。
あれを叩き壊せば…
俺は智を抱いたまま、足を引き摺るようにしてそのランプの光る場所まで行くと、その下にあるプラスチックケースに囲われたボタンに、渾身の力を込めた拳を叩き付けた。
すると、それまで物音一つしなかった廊下に、けたたましくサイレンが鳴り響いた。
そのフロアに宿泊している客だろうか…、何事かと次々に通路に飛び出した人で 、その場は一瞬にして騒然となった。
これでいい…
俺は人混みに紛れるように、丁度ドアの開いたエレベーターに乗り込んだ。