第26章 Missing heart…
どれくらい車を走らせただろう…
気付けば空は白み、車窓には良く見知った景色が写っていた。
「着いたぞ…、降りれるか?」
運転席を降りた俺は、焼けたボンネットを頼りに助手席側へと回ると、見開いたまま、虚ろな目をした智を車から降ろし、細い腰に回した腕でその身体を抱えた。
「悪ぃな…、もう…抱いてやれねぇ…んだわ…」
情けないことに、こんな痩せ細った身体一つも抱いてやる力すら…俺にはもう残っていない。
幸いにも鍵のかかっていないドアを開ける。
つか…、あの馬鹿…
不用心すぎんだろ…
後で大目玉食らわしてやんねぇとな…
…って、それも叶うかどうか…
「もうすぐだから…、あとちょっとくらい、お前も頑張れんだろ…?
立たせてやっから…、お前が一番好きだった場所に…、お前が一番輝いてたあの場所に…
だから…、な…、さと…し…?」
徐々に霞んで行く視界と、明かり一つない闇の中を、一歩…また一歩…、壁伝いに重い足を進める。
「確かこの辺に…。あった…、これだ…」
幾度となく通ってきた場所だ…、目を瞑っていたってどこに何があるかくらい分かる。
智を一旦床に下ろし、手探りで探し出したボックスのカバーを開け、何番目かのスイッチを二つパチンと上げた。
続けて隣にあるスイッチをパチンと上げると、それまで真っ暗だった場所に、微かな光が差し込んで来た。
「良かった…、まだ電源生きてたか…」
ホッと胸を撫で下ろし、床に倒れるように寝そべる智の口元に手を翳し、不規則ではあるけど呼吸をしていることを確認してから、その力なく横たわる身体を抱き起こそうとした、その時…
「グッ…ハッ…!」
激痛が全身を駆け巡り、思わずギリッと噛み締めた奥歯からは、微かな鉄の匂いがした。
「まだ…だ…。俺はまだ智との約束…果たせてねぇ…」
俺は最後の力を振り絞り、智を抱き上げると、ふらつく足取りで光の差す場所まで歩を進めた。
「もうすぐ…だから…、な…、智…」
智が一番帰りたかった場所へ…
智が命懸けで守りたかったあの場所へ…
そして俺自身が最も叶えたかった夢…
智と一緒に夢を見た場所へ…
燦々と照り付ける太陽よりも眩しい光の差す、あの場所へ…