第26章 Missing heart…
部屋中に立ち込める何とも言えない匂いと、視界を遮る煙に咳き込みながら部屋の中に目を凝らす。
「智…、いるのか…?」
声をかけるけど、智からの返事はない。
「智…?」
もう一度声をかけてみる。
すると、それまでてっきりベッドの上で山になっているとばかり思っていた布団がもぞもぞと動き、”チワワ”と同じ栗色の髪がシーツの合間からチラリと見えた。
智だ…
俺が見間違える筈がない。
「さと…し…、なのか…?」
そっと栗色の髪に触れてみる。
でも俺の指先が覚えている智の髪とは、手触りも違えば、艶だって全くなくて…
俺は一瞬髪に触れただけの指を、咄嗟に引っ込めた。
そして恐る恐る布団に手をかけ、一気に捲り上げた。
「えっ…」
一瞬…、全ての時が止まったような…、そんな気がした。
怒り…なのか、悲しみなのか…、そのどちらとも言えない感情が込み上げ、自然に涙が溢れた。
「どうして…、どうしてこんなことに…」
言葉では形容し難い状況に、目の前が真っ暗になり、そこに立っているのもやっとなくらいに、膝がガクガクと震えた。
「この子はもう君の知っている”智”じゃない。分かったらさっさとお引き取り頂けないだろうか」
立ち竦む俺を押し退け、上島がベッドに横たわる智のやつれた…いや、そんな簡単な言葉じゃ説明が付かない程に痩せこけた身体を抱き上げた。
瞬間、ずっと俺の胸に去来していたどす黒い感情が一気に加速を始め、爆発した。
「触るな…、智に触んじゃねぇ!」
渾身の力を込めて振り上げた拳は、上島の頬を掠め、上島は無様にも床に転げ落ちた。
俺はその隙に智を抱き上げ、傍にあったシーツでその身体を包んだ。
「智…、一緒に帰ろうな…?」
明らかに意識の混濁している状態の智に語りかけ、生気を失くした頬に濡れた頬を擦りつけた。
「一緒に…帰る…だと…? 君は何を言っているんだ…」
床に蹲り、赤く腫れ上がった頬を手で押さえながら、上島が嘲るように笑う。
「言っただろ、そのこは大事な商売道具だと…。それにその子はもう、ここから出ては生きてはいけないんだぞ? 分かってるのか?」
分かってるさ…
そんなこと言われなくても百も承知だ…
それでも智はまだ、こうして俺の腕の中で生きている。
智をこれ以上ここに置いておくことは…出来ない。