第26章 Missing heart…
他とは明らかに違う様子のドアを前に、心臓がありえない速度で脈打つ。
このドアの向こうに智が…
期待と、それを更に上回る不安に、からからに乾いた喉がひりつき、汗ばむ手は最早感覚さえ分からないくらいに痺れている。
自分が冷静でないことは分かっていた。
だから冷静さを取り戻そうと、何度も深呼吸を繰り返すけど、それさえも逆効果になるくらい、感情の昂りを抑えられなくなる。
こんなんじゃ駄目だ…、こんなんじゃ…
俺は瞼を静かに閉じると、ドアの横のブザーに震える指を伸ばした。
ドアの向こうから…だろうか、小さくチャイムの響く音が聞こえた。
でも数秒待ってもドアの開く気配はなく…
頼む…、開いてくれ…
祈る気持ちでもう一度ブザーを押してみる。
それでも、ドアの向こうではチャイム音が虚しく響くだけで、ドアが開く様子は、微塵も感じられない。
駄目か…
諦めかけたその時…
カチャンとロックの外れる音がして、俺の目には鋼鉄の壁とも思えるドアが、静かに…ゆっくりと開いた。
そして、一人の男が開いたドアの隙間から顔を出した。
穏やかな顔立ちと、小柄で小太りの男…
とても罪を犯すようには見えない、人の良さそうな風体の男…
ニュースや新聞で見たから知っている、この男が上島だ。
この男が智に薬を飲ませ、それから…
腹の底から湧き上がってくるどす黒い感情に、固く握った拳がわなわなと震える。
それなのに、引き攣りそうな痛みを感じる喉から漸く絞り出したのは、
「智に合わせて下さい…」
酷く掠れた、たたった一言…それだけだった。
そんな俺を嘲笑うかのように、上島はその一見すれば朗らかにも見えなくもない顔を厭らしく歪ませ、俺を部屋の中へ入るよう促した。
そう…、まるで俺がこうして上島を尋ねてくることを分かっていたかのような…、そんな素振りだった。
「あの…、智は…」
広々とした部屋に視線を巡らせ、智の姿を探す。
でもどこにも智の姿は見えず…
「智は…、智に合わせてくれ…」
俺は下げたくもない頭を上島に向かって下げた。
すると上島は鼻をフンと鳴らし、
「智はここにはいないよ」
そう言って、飲みかけのワイングラスを手に取った。