第26章 Missing heart…
「セミスイートはこの奥、突き当たりのお部屋になります」
他のフロアとは明らかに違う造り…、その雰囲気に飲まれそうになり、一瞬足が竦む。
でもそこで足を止めてるわけにもいかず、俺は先を歩く植草の後を、重い足を引き摺るように着いて行った。
そして、
「あのお部屋です」
植草が足を止め、指を差したドアを視界に入れた瞬間、それまで必死で抑え込んで来た感情が、一気に身体の中に沸き起こるのを感じた。
「あそこにあの男が…」
自分でも驚く程低い声に、振り向いた植草の表情が一瞬にして強張る。
「植草さん、後は俺一人で大丈夫です。だからもう…」
「でもあの方がドアをすんなり開けるとは…、あれで警戒心の強い方なので…」
確かにそうかもしれない。
立派な屋敷がらあるにも関わらず、そこには一切帰ることなく、ホテルの一室で身を潜めているんだから…
ただ、植草に話をつけてくれた近藤は元より、植草自身にこれ以上の迷惑をかけたくはない。
それに、元々は俺一人で乗り込むつもりだったんだ。
「大丈夫です。開けてくれなきゃ、開ける気になるまで待つだけのことですから」
それもそれで、ホテルにとっては迷惑な話かもしれないがな…
「分かりました。ではこれを…」
植草が胸のポケットからカードキーを取り出し、俺に向かって差し出した。
「いえ、でもこれは…」
受け取るつもりなんてなかった。
カードキーを受け取ってしまえば、直接的にではなくとも、植草に火の粉が降りかかるのは目に見えている。
植草の立場を考えれば尚のことだ。
「必要なければ後日、近藤様を通じて返却して下さって構いませんから」
そう言って植草は、拒む俺のジャケットのポケットにカードキーを捩じ込み、
「それでは私はこれで…。何かあれば、なんなりとお申し付け下さい」
ホテルマンらしく頭を下げ、いまさっき通ったばかりの道を、足音一つ立てることなく戻って行った。
俺は人知れずポケットの中のカードキーを握り締めると、徐々に遠ざかる植草の背中に向かって深々と頭を下げた。
近藤といい、植草といい、結局は誰かの手を借りることにならざるを得なかった自分自身が情けなく思えた。
ただここから先は、俺自身の手で…、俺自身の力で乗り切るしかない…
俺は弱気になりそうな自分を呼符するかのように、両頬を両手でピシャリと叩いた。