第26章 Missing heart…
「それ…は…?」
俺自身何度か目にしたことがあるから、聞かなくたって分かる…
植草が手にしているのは、明らかに客室のカードキーだ。
「見ての通り、カードキーですが、何か?」
「そんな物を…どうしようと…」
平然と言ってのける植草に、俺の方が動揺してしまう。
「そうですね…、端的に言うのであれば”支配人権限”と言ったところでしょうか」
なるほど…、確かに権限さえ振りかざせば、強行突破も不可能ではない。
ただそれは最終手段だ。
「尤も、使わなくて済むに越したことはないんですがね? さ、行きましょうか?」
戸惑いを隠せない俺を他所に、年齢の割にはいくらか若く見える顔を綻ばせ、スタスタとホテルマンらしい身のこなしでエレベーターのボタンを押すと、丁度開いたドアの奥へと俺を促した。
「あの…、聞いても…?」
「私にお答え出来ることでしたら、なんなりと」
俺の問いかけに、植草が背中を向けたまま答える。
「一人…なんでしょうか…。例えば、誰かが頻繫に出入りしているとか…」
確信はある。
でも実際に智があの男とこのホテルに滞在しているという保証は、どこにもない。
もしかしたら別の場所に監禁されているのかもしれない。
浮かんでは消える嫌な想像を、どうにかして払拭したかった。
「全てを把握しているわけではありませんが、ルームサービスをご利用頂いた際に、担当した者が“とても綺麗な方がご一緒だった”と噂していたのは小耳に挟んだことはありますが、その方が貴方のお探しの方かどうかは…」
綺麗な方…か…
見ようによっちゃ、智の容姿は女性的とも言えるが…
「そうですか…」
「あとは…そうですね…、まあ貴方もわざわざあの方を尋ねて来るくらいですから、あの方についての噂は色々とお聞き及びかとは思いますが、そういった類の方が出入りしていることは、事実のようですね」
俺の角度からは植草の背中しか見えないが、その表情は酷く曇っていることは、見なくたって想像がつく。
劇場もそうだが、出来ることなら“その類”の方々の出入りはご遠慮願いたいものだから…
それきり大した会話もないまま、俺達を乗せたエレベーターは上昇を続け、やがて最上階に到達したところで静かな音を立てて止まった。