第26章 Missing heart…
電話の向こうで、”チワワ”がクンと鼻を鳴らす。
けど、いつもと鳴き方が違って聞こえるのは、恐らく電話口で雅紀が困惑しているからなんだろうな…
動物ってのは人間の感情の機微に敏感だっていうからな…
「無理にとは言わない。ほんの数日で良いんだ…」
今の俺には、雅紀の外に頼れる奴はいない。
「頼まれてくれねぇか…」
「分かった…。でも一つだけ約束して?」
雅紀が息を吸い込んで、一気に吐き出す。
見なくたって分かる…、俺のために目一杯明るく振る舞おうとしてんだよな、雅紀は優しいから…
「絶対戻って来るって…。智を連れて帰って来るって…。約束してくれないなら、俺”チワワ”の面倒は見れない」
馬鹿だな…
雅紀みたいに博愛精神の塊みたいなが、たとえ他人の飼い犬だとしても”チワワ”のこと放っておける筈ないのに…
「分かった…。約束する…、だから”チワワ”のこと…」
智が戻った時、”チワワ”がいなかったらアイツ泣くだろうからさ…
智にとって”チワワ”は、唯一心を許せる相手だったから…
雅紀でもなく、親友だと言っていたニノでもなく、まして近藤でもない、そして…俺でもなく、だ。
「心配しないで? 待ってるから…さ…。だから早く帰って来てよ?」
「ああ、なるべく早く帰る」
智を連れてな…
俺は電話が切れたのを確認して、スマホを助手席のシートに放り投げた。
そして、シートに深く沈めた身体を起こすと、エンジンキーを回し、アクセルを踏み込んだ。
フロントガラスに激しく打ち付ける雨粒をワイパーで払いながら、俺は松本の言葉を思い出していた。
「俺が掴んだ情報によれば、智は今………………の所にいる筈だ」
疑うわけじゃないが、松本の言葉が本当だとしたら、もう元の…俺が知ってる智を取り戻すことは難しいかもしれない。
俺のことなんか、綺麗さっぱり忘れちまってるかもしれない。
もしかしたら自分が誰だったのかすら分からなくなってるのかもしれない。
でも…、それでも俺は、この手に智を取り戻したい。
俺は頭に浮かんでは消える“最悪な状況”を振り払うように、ハンドルを握る手に力を込めた。
その時、助手席に置いたスマホが、着信を知らせる点滅を繰り返しながら、小さく震えた。
横目でチラリとスマホを見やると、そこには意外にも近藤の名前が表示されていた。