第26章 Missing heart…
「いても立って居られなかった…。俺は両親には黙って帰国の準備を進めた。幸い、戸籍上の“俺”は生きてたから、帰国すること自体には何ら問題はなかった。問題があるとしたら、高過ぎるプライドで凝り固まった両親だけ。尤も、あの人達に俺を止める権利なんて、最初っからありはしないけどな…? 息子である俺を殺したんだから…。俺はこうして生きてるのに、だ…!」
ついさっき見せた穏やかな表情とは一転、松本の顔が険しく歪んだ。
松本が憤るのは当然だ。
俺がもし松本の立場なら…、俺だって今の松本のように、腹の底から湧き上がって来る怒りに打ち震えていただろうと思うと、正直同情しか感じねぇ…
ただ、それと智をどん底まで陥れたこととは、全く別問題だ。
そこに同情の余地はない。
「やっと智に会える…。帰国した俺は、真っ先にアンタの劇場を訪ねた。ストリップでも何でも良い、智が踊る姿を見たかったから…。でも俺が目にしたのは、アンタの隣で、幸せそうな顔して笑う智の姿だった…」
淡々と語る松本の声が、微かに震えを帯びて行くのを、俺は複雑な心境の中で聞いていた。
何しろ、俺の記憶の中の智は、いつだって悲しげに笑っていた。
松本の言う“幸せ”とは、程遠い…今にも消えてしまいそうな、儚げな顔しか憶えちゃいない。
「その瞬間俺は初めて思った…、智が憎いとね…。許せなかった…、智のことも…アンタのことも…」
「それで…あんなことを…? 智を俺から引き離し、智が拒めないことをいい事に、男娼をさせた…ってのか…?」
だとしたら、コイツは智のことを何も分かっちゃいねぇ。
あまりにも身勝手が過ぎる。
「だってそうだろ…、俺を捨てて夢を選んだ挙句、俺からダンスまで奪ったくせに、俺のことなんか綺麗さっぱり忘れて、自分はのうのうと他の男の隣で笑ってやがる。許せるわけねぇだろうが…」
違う…、そうじゃない…!
「それは違う! 智はお前のことを、一時たりとも忘れちゃいなかった。アイツは俺の腕の中にいる時だって、ずっとお前のことを考えてたんだ…」
膝の上で握り締めた拳に、ポツリポツリと雫が落ちる。
「嘘だ…」
「嘘じゃねぇ! アイツは…智は…っ…」
俺は流れる涙を隠すことなく、アクリル板の向こうで困惑する松本を真っ直ぐに見つめた。