第26章 Missing heart…
「仕方なかったんだ。俺が意識を取り戻した時には、そこはもう俺の全く知らない土地で…、気付いた時には、俺の知らない所で、俺は死んだことになっていて…」
頭を抱え込んだ松本の顔に、苦悶に満ちた色が濃く浮かぶ。
「どういう…ことだ…」
事故直後、意識の無い状態で別の場所に移送された、ってのは分からないでもない。
寧ろ考えられる話だ。
でも“死んだことにされていた“ってのは、どうにも理解しがたい。
そうまでして智の前から姿を消さなきゃいけない理由が…?
余程険しい顔をしていたんだろうな…
松本が緩く首を振ってからフッと息を吐き出し、天を仰いだ。
「俺の親ってさ、けっこう有名なデザイナーなんだよね…。そんな親が、一人息子の恋人が男だった…なんて知ったら、どう思うと思う?」
松本が有名デザイナーの息子であることは、貴族探偵からの調査報告書にも書いてあった。
その親が、息子と智との関係を知ったとしたら…
「嘘…だろ…? まさかそんなこと…」
「流石、有名大学出てるだけあるね、勘がいい。その“まさか”だよ…。俺の両親はスキャンダルになるのを避けるために、俺を死んだことにしたんだ」
いくらスキャンダルを恐れたからって、息子を我が身の保身のために利用するなんて…、そんなことがあっていいのか…
「馬鹿げてる…。そんなことのために智は…っ…!」
「ああ、馬鹿げてるよ…。だから俺は自分が死んだことにされてるって知った時、真っ先に智のことを考えた。でも俺が事故以前に使っていた携帯は既に解約されていたし、何より遠い異国の地ではどうすることも出来なかった…」
感情の昂りを抑えられないのか、幅の狭い机の上で握った松本の拳はやり場のない憤りに震え、俄に充血した目には、今にも零れ落ちそうな涙が溜まっていた。
「それで…、その後は…? どうやって智が俺の所にいることを知った?」
俺が知りうる限り、智が松本の元へ行くまでの間、二人に接点はなかった筈だ。
いや、俺が知らないだけで、現実にはあったのかもしれない。
ただ、俺もそれを智に問いただしたこともないし、仮に問いただしたとしても、あの智がそう簡単に口を割ることは、まず有り得ない。
尤も、智の使っていたスマホを見れば、一目瞭然なのかもしれないが、今はまだその勇気は俺にはねぇ…