第24章 A piece…
“翔”はいつも、昼を過ぎた頃になると、仕事だと言って出かけて行った。
俺はその時間が嫌いだった。
置いていかれるような気がして…
もう帰って来ないような気がして…
とても嫌いだった。
だから“翔”が出かける時間になると、俺は決まってチワワを抱き、部屋の隅に膝を抱えて座った。
そうすると、“翔”は決まって俺を抱き締め、髪を撫でてから、
「行ってくる」
そう言って額にキスをしてから出かけて行った。
“近藤”は俺達を、まるで新婚夫婦みたいだと笑ったけど、実際はそんなんじゃない。
“翔”は俺が仕事に出かけるのを引き止めないように…、俺が我儘を言わないように…、そうしているんだと、そう思っていた。
でも“ニノ”は、それは違うと言った。
「翔さんは、智に約束してるんじゃないかな…」
と…
「約…束…?」
俺はその言葉の意味が分からず、首を傾げた。
でも“ニノ”はそんな俺の手を握り、“翔”がしてくれるみたいに、俺の髪を撫で、
「そう、“約束”。絶対帰って来るから、って…。ここでちゃんと待ってろ、って…。ほら、翔さんてさ、あの通り不器用って言うか…、素直じゃないとこあるじゃない? だからさ…」
あのキスにそんな意味があったなんて…
そんなこと、“ニノ”に言われるまで考えたこともなかった。
“翔”が不器用なのは、あのチワワの絵を見た時から気付いていたけど、本当に不器用なのは…実は俺の方だったのかもしれない。
だって“翔”の気持ちも、思いも、何も気付けてなかったんだから…
「だからさ、ここで待ってよ? 翔さんの帰り…。ね、智?」
「…う…ん…」
俺は、そう大して体格の差もない“ニノ”の肩にコツンと頭を預けると、膝の上で俺の手をペロペロと舐めるチワワの頭を撫でた。
別に泣いてないのに…
悲しくなんかないのに…
寧ろ、“翔”が一方的に交わす約束ってのが、嬉しくて嬉しくて…堪らないのに。
「“翔”…、帰って…来る?」
「うん、智がここにいる限り、ちゃんと帰って来るよ。だから待っていようね?」
その言葉通り、“翔”はどんなに遅くなっても、俺の元へと帰って来てくれた。