第24章 A piece…
「疲れた…か?」
抱き締められた腕から伝わる体温と、寄せた耳から聞こえる鼓動の心地良さに、ついウトウトしかけた俺の髪を、優しい指がで撫でた。
その時、それまでソファーの上で寝ていた犬が、クンと鼻を鳴らして飛び降りたかと思うと、投げ出した俺の膝に飛び乗り、唸り声を上げながら激しく鳴き始めた。
今までこんな鳴き方した事ないのに…
「チワ…ワ…?」
なんとか落ち着かせようと、手を伸ばす俺の肩を、“翔”がつついた。
「なあ…、まさかとは思うけど、コイツの名前“チワワ”って言うのか?」
“チワワ”ってのが、犬の種類だってことくらい、俺にだって分かってる。
でも仕方ないじゃんか…、適当な名前が思いつかなかったんだから…
「つか、コイツ俺にヤキモチ焼いてるみたいだな」
「えっ…?」
「だってほら、さっきから俺の顔みては、ウーって…」
言われてみれば…
“翔”の腕が俺を抱く度、翔が俺を見つめる度、チワワは酷く唸り声を上げているように見える。
でもまさか、犬なのに…?
「チワワは智のことが好き…っていうより、守ってるつもりなんだろうな?」
俺…を…?
「智が苦しまないように、智が泣かないように、って…」
犬は人の感情が読み取れる動物だと“近藤”が言っていた。
俺が笑えば尻尾を振り、俺が泣けば黙って指を舐め…、だから俺は一人の時間も、不思議と寂しさを感じなかったんだ。
なのに、俺はそんなことも気付かずに…
俺はチワワを抱き上げ、黒く濡れた鼻先に頬を擦り付けた。
「あり…がと…、チワ…ワ…」
クンと鼻を鳴らして、チワワが俺の頬をペロリと舐める。
それが擽ったくて…
思わず肩を竦めた俺を見て、“翔”が俺の肩口で豪快な笑い声を上げる。
どうして…だろう…
聞こえないのに…、聞こえない筈なのに、“翔”の声だけはこんなにも鮮明に、ハッキリと聞こえるんだろう…
俺はそっと左耳を手で塞いだ。
「智…」
やっぱり聞こえる。
“翔”の声は…、“翔”の存在は、それ程俺の中で特別な物だったんだろうか…
分からない…
でも知るのが怖い。
俺は不意に過ぎった不安に、腕の中にある小さな温もりを強く抱き締めた。