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踊り子【気象系BL】

第24章 A piece…


楽しかった…

こんなに笑ったのは何時ぶりかと思うくらい、沢山笑った。

なのに、不意に抱き締められた瞬間、どうしてだか涙が溢れた。

別に悲しいことなんて、何一つなかったのに、涙が次々溢れて止まらなかった。

「さと…し…? 悪ぃ…、驚かせちまった…な…」

俺の涙を見て、男の腕が俺から離れて行こうとする。

違うのに…、そうじゃないのに…

「ごめんな…? 急にこんなの…怖かったよな?」

違う…、違う違う!

俺は、一度は離れてしまった手を掴み、濡れた頬へと導いた。

今の俺は、そうすることでしか、思いを伝える術を持ってないから…

「智…?」

俺の頬に触れた男の指先が震えているのが分かった。

「よ…で…?」

もっと呼んでくれよ、智って…

その口で、その声で、俺の名前を呼んで欲しくて…

涙のせいだろうか…
たった一言を声にするだけで、喉が引き攣れるように痛む。

それでもどうにかして伝えたくて…

「さ…し…って、呼んで…?」

もどかしい思いだけを、外を白く染める雪のよに積もらせ、俺は男の手をキュッと握った。

「呼べ…って、言ってるのか? 俺に、お前の名前を…?」

「しょ…に呼んで…ほし…」

翔の口で…、翔の声で…

「初めて…だな、智が俺の名前呼んでくれたの…、翔って…」

さっきまで震えていた筈の指先が、俺の頬を濡らす涙を拭う。

どうして…だろう…

この指が、この腕が、この声が、こんなにも懐かしく感じるのは…

それは、初めてこの男に会った時から感じていたこと。

初めて抱き締められた時から、ずっと…

もしかしたら、俺の記憶の片隅にある、あの“赤い光”はこの男のことなんだろうか…

現に、この男に会ってからというもの、俺の中で“赤い光”はどんどん大きく、輝きを増していっている。

俺はこの男を知っている…?

固く閉ざした記憶の扉の向こうに、この男はいるんだろうか…

もしそうなら俺は…

過去へ通じる扉の鍵を永遠に開けることは…出来ない。

しちゃいけないんだ。

もし開けてしまったらその時こそ、俺は…


だから今だけ…、この瞬間だけでいい、この胸に抱かれていたい。
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