第24章 A piece…
“近藤”と名乗った男は、大きな会社を経営しているらしく、一日中俺の傍にいるわけではなかったが、そのかわり“ニノ”と言った色白で、どことなく可愛らしい雰囲気を持つ男は、四六時中俺の隣に寄り添い、俺の身の回りの世話をしてくれた。
“ニノ”って奴がいなかったら…
そうでなくても何をしていいのか分からず、自分の思いすら上手く伝えられない俺は、無気力に過ごす時間が過ぎるのをただ待つのに疲れて、早々に“近藤“の元から逃げ出していたかもしれない。
“ニノ”って奴がいてくれたから…
だからこそ、時折襲う、薬物依存の恐怖にも耐えられた。
二人が受け止めてくれなかったら俺はきっと…
俺が“近藤”の家を出ることは、殆どと言っていい程なかった。
寧ろ、外に出るのが怖かった。
自分に向けられる視線の全てが、恐怖でしかなくて…
聞こえない筈の耳の奥ですら、まるでカサカサと虫が羽音を立てているみたいな…
居心地の悪さを感じた。
それは“近藤”の知人、井ノ原医師の診察室を訪れた時も同じで…
白く塗られた壁、やたらと眩しい照明と、その光を浴びて光る眼鏡のフレーム…
隣で“ニノ”が手を握っていてくれなかったら…
思わず耳を塞いだ俺の耳元で、「大丈夫」と言ってくれなかったら…
得体の知れない恐怖に、俺は叫び声を上げ、その場でのたうち回っていた。
尤も、井ノ原医師は、流石“近藤”の知り合いだけあって、俺が思うような悪い人間ではなくて…、とても穏やかな喋り口調の、温厚を絵に書いたような人で…
だから…かな…
井ノ原医師が差し出した白い紙と、何色か並んだ色鉛筆を素直に受け取ることが出来た。
「好きなように描いていいんだよ?」
そう言われたことが嬉しくて…
俺は迷わず赤い色鉛筆を手に握ると、真っ白な紙が真っ赤になるくらいに、赤い色を塗りつけた。
どうしてその色だったのかは…理由なんて分からない。
ただ頭の片隅で常に輝き続ける赤い光が、俺にその色を無意識に選ばせた。
「翔」という名の赤い光が、俺を呼んでいるような…そんな気がして…