第23章 Moving on…
「絵をね、描きたいって言ったから、近藤さんにお願いして、画用紙と12色入のクレヨンを用意して貰ったの。でもね、不思議なことに、赤いクレヨンはすぐ無くなるのに、他の色は新品のままでさ…。どうしてだか分かる?」
俺になら、その理由は分かる筈だ、とニノは智から離れ、引き出しの中からクレヨンの箱を取り出し、俺に蓋を開けて見せた。
そこには、ニノの言ったとおり、手付かずの状態の11本のクレヨンが並んでいて、“赤”の場所だけが空いたままになっていた。
「なあ…、それって…、俺の好きな色だから…とかじゃねぇよな…?」
たった智は笑ったんだ、好きな色を問われて、迷わず“赤”と答えた俺を、女みてぇじゃん…、って笑ったんだ。
まさかそんなちっぽけなことを、智が記憶しているとは…、ましてや薬に侵され、とても正常とは思えない状態の智が…?
そんな筈ない…、自嘲気味に笑ってみせた俺を、ニノが真剣な顔で見つめる。
「そう…なのか? 智は、俺が好きな色だから、って…、それだたけの理由で…?」
「翔さんにとってはそうかもしれないけど、今の智にとっては…その事だけが翔さんとの記憶を繋いでるんだ、って俺思って…」
そうだよね、智…
そう言ってニノが智の髪を、それは愛おしそうに撫でる。
当の智は…と言うと、まるで子猫のように、されるがまま身を委ねていて…
「そう…なのか? お前、俺のこと丸っきり忘れちまったわけじゃないのか?」
俺が赤色が好きだってことが…、記憶の片隅に俺との記憶がほんの少しでも残っていることに、涙が零れ落ちる。
その時、それまで俺には一切の関心も示さなかった智が、畳の上に投げ出した身体をゆっくりと起こし、俺の顔に唇を寄せたかと思うと、俺の頬を濡らす涙を吸い取った。
「さと…し…?」
そして俺の首に両腕を回し、肩口に顔を埋めた。
泣くな…、って…
たとえ言葉が無くても、俺には智がそう言っているような気がして、そっと背中に手を回し、触れたら折れてしまいそうに痩せた身体をそっと抱きしめた。
「そうだよな…、泣いてちゃ駄目だよな?」
それこそ、女みたいだ、って…
メソメソすんな、って…
そう言ってんだよな…?
そうだよな、智?