第23章 Moving on…
「さと…し…?」
畳の上に、所狭しと広げられた無数の画用紙…、その中央に智はいた。
「翔…さん…」
畳に寝そべり、赤いクレヨンを手に、画用紙に何かを書き殴る智に寄り添うように座っていたニノが、酷く悲しい顔で俺を見上げた。
そして瞼をそっと伏せると、一筋の涙を零した。
言葉なんていらなかった。
その涙を見ただけで、ニノがどれ程後悔し、どれたけの苦労を強いられて来たのか分かったから…
「智? 翔さんだよ?」
一切顔を上げることなく、画用紙に向かう智の肩を、ニノが叩く。
すると、ニノの声に反応したのか、智が漸く顔を上げ、一瞬チラッと俺を見てから、首を傾げた。
俺が…分からない…のか…?
「智、俺だ、翔だ。分かるか?」
真っ赤に塗られた画用紙を掻き分け、智の丁度正面に座り、もう一度声をかけてみる。
かなりの頻度で常習していたという薬物のせいだろうか…
智の顔を改めて良く見てみると、以前よりも数倍痩せていることが分かって…
「随分痩せちまったな、お前…」
震える指先で、そっと智の頬を撫でてみる。
ピクリ…、と一瞬眉を顰めたものの、そうされることを拒絶するわけでもなく、寧ろ受け入れているようにも見えて…
頬に触れた指を、今度は髪に伸ばし、以前よりも短くなった髪を撫でた。
俺の存在に…、俺が目の前にいることに気付いて欲しくて、何度も何度も撫でた。
それでも虚ろな視線は俺を通り越し、どこか遠い所を見ているようで…
「なあ、ニノ…? コイツ…、俺のこと忘れちまったんかな…」
不意に口をついて出た俺の一言に、「違う」とニノがゆっくりと首を横に振った。
「だってそうだろ? コイツ、さっきから俺のこと一度も見てねぇ…」
ずっとどこか一点を見つめたまま、俺のことなんて全く視界に入っていない。
「そんなことないよ…? 翔さんのことは、ちゃんと覚えてる筈だよ?」
その証拠に…、とニノが散らばった画用紙の中から一枚を拾い上げ、俺の前に差し出した。
「これ…さ、ただ適当に書き殴ってるように見えるでしょ?」
目の前に差し出されたそれは、確かに一面を真っ赤に塗りたくっただけの…、幼児の落書きよりも酷い物に、俺の目には写った。