第22章 Not Believe…
内心、もっとごねるかと思ってた。
今までの、智に対する態度が、あまりにも自分勝手で…傍若無人に見えていたから…
でも近藤の言葉が余程堪えたのか、オーナーは驚く程あっさり智を近藤に引き渡すことを決めた。
そして徐に席を立つと、一瞬俺を振り返って、
「二宮、智の聞こえなくなった耳はどっちだ…」
そう言うと、視線を寝室のドアに向けた。
「右耳…だけど…、それが何か…」
「いや、いいんだ。少しだけ智の顔を見ても?」
閉ざされたドアを見つめたまま、小さく首を振ったオーナーは、近藤を振り返ることなく言った。
その声には、どこか決意にも似たような物が見え隠れしていて…
まさかこの期に及んで智に何かする気じゃ…
人を疑うことがすっかり身に付いてしまっている俺は、不安を感じずにはいられなかった。
でも近藤は、
「勿論だよ。さあ…」
オーナーの背中を軽く押すと、閉じていたドアを開け放った。
すると、それまで月明かりしかなかった部屋に、キッチンの光が差し込み、穏やかな顔で眠る智を照らした。
一歩、また一歩と、オーナーが足音もなく智に歩み寄り、丁度ベッドが見下ろせる位置で立ち止まると、そこに膝を着いた。
「智…、ごめんな? もう俺のために大切な物捨てなくていいから…」
離れていも分かる、小刻みに震える手が智の痩けた頬を撫で、
「でも、最後に一度だけいいか? これで終わりにするから…」
オーナーの唇が、浅く寝息を繰り返す智の唇に重なった。
それはとても綺麗な光景で…
まるでそこだけ一瞬時が止まったようにも見えて…
俺はほんの一瞬でも、オーナーの智に対する気持ちを疑ってしまったことを恥じた。
「近藤さん、智のことを頼みます」
唇を離しても、尚も愛おしそうに智を見下ろすオーナーの目に、キラリと光る物が浮かぶ。
「ああ、智のことは心配するな。それより、君はこれから…?」
近藤の問いかけに、オーナーはゆっくりとした動きで智から離れると、瞼をそっと伏せ、ゆるやかに首を横に振った。
そして、
「これから考えます」
それだけを返し、瞼を開いた。
その顔は、今まで見て来オーナーの印象を、ガラリと変えてしまうような…優しい笑顔だった。