第22章 Not Believe…
近藤との電話を切った後、俺は急いでホテルを後にし、マンションへと帰った。
前に一度見たあの光景…
惨劇とも思えるあの状況を作り出したのが薬だとしたら…、智を一人にしておくことが不安でたまらなかった。
でもそんな俺の懸念をよそに、智はとても落ち着いた様子で…
俺の顔を見るなり、穏やかな笑みを浮かべた。
「今日は何してたの?」
床に散らばった紙を拾い集め、下着姿のままで床にペタンと座る智の隣に腰を下ろした。
床暖房が効いているからか、それ程寒さは感じないけど、流石に下着のままでは寒いだろうと、自分の着ていたジャケットを脱ぎ、智の肩にかけた。
ふと、小さなダイニングテーブルを見ると、そこには仕事に出かける前に用意していった夕食がそのままの状態残っていて…
「お腹空いてないの?」
俺が聞くと、智はそっと瞼を伏せ、首を横に振ったかと思うと、また床に広げたスケッチブックに視線を落とした。
「何描いたの? 俺にも見せてくれる?」
「いいけど、下手くそだから笑うなよ?」
「笑ったりしないよ、だから見せて?」
痩けた頬を赤く染め、俺に向かってスケッチブックを差し出して来る智…
俺はそれを受け取り、ページをゆっくりと捲った。
「お前の顔…描いてみたんだ」
「お…れ…?」
どこをどう見たって人の顔には見えない、とても絵とも言えない黒く塗り潰されただけの物体に、俺は愕然とした。
そして、
「うん…。でも全然上手く描けなくてさ…」
そう言って俺の手からスケッチブックを取り上げると、パタンと閉じ、
「今度は上手く描くから…、ごめんな、翔…」
苦笑を浮かべた顔を、俺の肩に寄せた。
瞬間、一筋の涙が俺の頬を伝った。
翔さんと間違われたことが悲しい訳じゃない。
翔さんの顔すら思い出せなくなる程、薬によって智の記憶が破壊されていることが、悲しくて、悔しくて堪らなかった。
あれ程愛した人なのに…
俺は智を胸に抱き寄せ、
「ごめんね…、気付いて上げられなくて…、ごめん…」
音を失くした耳に謝罪の言葉を繰り返した。