第20章 Omen…

｢あとこれは…、俺の思い違いかもしれないが…、いや、思い違いであって欲しいと思っているんだが…｣

近藤が俺の前で神妙な面持ちをして、瞼を伏せた。

｢何か…他にも気になることが…？｣

俺の問いかけに、近藤は瞼を伏せたままで小さく頷いた。

｢君は気付いているかどうか分からないが、時折聞こえてないんじゃないか、って思うことがあってね…。それも一度や二度じゃなくてね…｣

｢聞こえてない、って…？ 耳が…、ってことですか…？｣

｢そう…確か…｣

手で自身の耳を確かめながら、近藤が首を傾げた。

｢右耳だ…。右側から声をかけた時だけ、やけに反応が薄いと言うか…、返事をしてくれないこともあってね…｣

｢そんな…。だって智、そんなこと一言も…。あっ…！｣

そう言えば…

いつだったか、風呂の中に携帯音楽プレーヤーが沈んでいたことがあった。

智は風呂掃除をする際に落とした、って言ってたけど、翌々考えてみれば不自然過ぎる。

だって…、だって智は…

｢思い当たることがあるんだね？｣

俺は両手で顔を覆ったまま、近藤に向かって頷いた。

｢そうか…。だとすれば、恐らく突発性難聴を疑うことにはなるが…｣

｢で、でも、それって治療すれば治るんじゃ…｣

テーブルに手を着き、身を乗り出した振動で、瓶がカタンと揺れた。

コトンと音を立てて倒れたそれからは、黄金色の液体がシュワシュワと気泡を弾かせながら、毛足の長い絨毯を濡らして行った。

｢原因が何なのかは分からないが、確かに治療すれば完治する可能性はある。ただそれも、発症後すぐに治療を開始すれば、の話だ。恐らく智の場合はもう…｣

｢手遅れ…ってこと…ですか…？｣

目の前が真っ暗になる。

あんなに、誰の耳にも聞き取れないような細かな音まで聞き取っていた智の耳が…？

聞こえないなんて…

たって一人でどれだけ苦しんだことか…

｢幸い左耳は普通に聞こえているようだから、生活に支障はないんだろうが…。いや、だからこそ親友でもある君にも黙っていたんだろうね…｣

そんな…

もしそうだとしたら…、酷いよ…

ねぇ、智？

俺達の関係って、そんなもんだったの…？


そんなの…、寂し過ぎるよ…