第20章 Omen…
指定されたホテルの一室のドアの前に立った俺は、唇の端を押さえていたハンカチをポケットに仕舞った。
チャイムを押し、ドアが開かれるのを待つ。
元々の人見知りも手伝ってか、いつも以上に緊張する。
あの智が、俺同様…いや、それ以上に人見知りの智が懐くくらいだから、きっと悪い人じゃないことは分かる。
それでもついつい警戒心が働いてしまうのは、俺の悪い癖だ。
でもそんな俺の不安は、開いたドアから覗いた、如何にも温厚そうな笑顔の前に吹き飛んだ。
「どうぞ」
「失礼します」
促されて部屋に入る。
そこは俺がいつも仕事で訪れるホテルとは違って、ワンランクもツーランクも上の造りになっていて…
それだけで俺と智の格の違いってやつを感じさせた。
「座って?」
「あ、はい…」
言われて我に返った俺は、部屋の壁に沿うように配置されたソファーの端に腰を下ろした。
「ビールでいいかい? それとも別の物が良かったかな?」
近藤は備え付けのバーカウンターに立つと、グラスを二つ手に取り、これまた備え付けの大型冷蔵庫を開けた。
チラッと見る限り、ありとあらゆる種類の高そうな酒がズラリと並んでいる。
「あ、ビールで…」
正直、酒なんて飲む気分じゃないけど、客に薦められたら断らないのが、俺達の暗黙のルール…
「OK、グラスは…いらないか…」
一度は手にしたグラスを棚に戻し、慣れた手付きでビールの栓を抜いた。
てっきり国産の缶ビールを出されると思っていた俺は、差し出された洒落た瓶ビールに戸惑ってしまう。
「さ、乾杯しようか?」
「は、はい…」
ビールの瓶を手に取り、近藤の瓶と軽く合わせてから、直接瓶に口を着けた。
初めて飲んだビールの味は、普段飲み慣れている物に比べると、ほんの少し甘さがあって…、フルーティーって言葉がピッタリと来そうな味だった。
「智もこのビールが好きでね…。智と会う時はいつも無理を言って用意して貰うんだよ」
「そう…なんですか…」
「ところで…、その顔は…?」
「これは…その…、出がけに玄関で転んでしまって…」
聞かれるとは予想していたけど、特別な理由を用意してなかった俺は、咄嗟に薮にしたのと同じ言い訳をした。