第20章 Omen…
「ごめん…、起こしちまったな…」
瞼を伏せ、小さく首を振った智は、再び視線を窓の外に向けた。
「何を見てるの?」
智の隣に同じように腰を下ろし、ブランケットに包まれた肩を抱いてやる。
「別に何も…」
「そっか…。あ、さっき智が歌ってたでしょ?」
初めて聞いた智の歌声…
普段喋ってる時からは想像もつかないくらい、透き通ってて…、とても綺麗な声だった。
「何の歌だったの?」
どこかで聞いたことのある曲だけど、タイトルが思い出せなくて、肩にコツンと乗せられた智の顔を覗き込んだ。
でも智は何のことだか分からない様子で…
「知らない…。俺、歌なんて歌ってないし…」
そう言うと、俺の腕から抜け出し、ふらつく足取りで部屋を出ようとした。
「寝ないの?」
ふと時計を見ると、時刻はまだ午前三時を少し過ぎたところだった。
いつもなら、しっかり寝入っている時間なのに…
寝ぼけているんだろうか…
いや、そんな筈はない。
だって、
「目ぇ覚めちまったから…」
振り返った智の目は、昼間以上に冴え切っているように見えた。
さっきまであんなに虚ろな目をしていたのに…?
何だろう…、ホテルでの一件以来、智に違和感しか感じないのは…
胸の底に溜まった鬱蒼とした感情を、それでも吐き出すことの出来ない俺は、部屋を出て行く智の背中を黙って見送った。
近藤なら何か知っているんだろうか…
でも俺にそれを確かめる術は…ない。
もしあるとすれば、智の運転手でもある光を利用するしかないけど、それだって光の立場を考えれば、そう簡単なことじゃない。
どうしたらいいの?
こんな時、翔さんならどうする?
翔さんなら、迷うこともなく智を問い詰めるだろうし、それこそ自分の立場だって省みることはしないのかな…
でも俺にはそんな根性も、まして勇気もない。
俺は急に広くなったベッドに身体を投げ出すと、ポツリ…またポツリと降り出した雨が打ち付ける窓に目を向けた。
雨…か…
次第に強くなる雨足と共に、遠くの方で雷鳴が轟く。
智は雨が何よりも嫌いなのに…、一人でいることさえ不安がるのに…
どうして平気なの?
分からないよ、智…