第20章 Omen…
「待たせたな…」
部屋から出て来た智は、さっきよりも足取りも軽く、顔色だって悪くない。
「もう…大丈夫なの?」
「何が? っていうか、何でお前いんの? 仕事は?」
ついさっきも同じことを聞かれたような気がするけど…
でもそれは敢えて気にしないことにした。
何よりも、智の表情が少しだけ明るくなったように見えて…
俺と光は顔を見合わせると、ホッと胸を撫で下ろした。
それが智に感じた違和感だとは、疑うこともせずに…
「帰るぞ…、腹減った…」
珍しく空腹を訴える智にクスリとしながら、俺は智の腰に腕を回した。
「な、なんだよ…」
「ん? なんとなくこうしたかったの。ダメだった?」
「別に…。好きにしろ…」
本当は不安だったから…
いくら何でもなかったと言っても、智が倒れたと聞いた以上、そうせずにはいられなかった。
実際、ここ数日、かなり無理をしていることを知っていたから…
「で? 何でお前まで俺の車乗ってんの? 薮は?」
光の運転する車に、一緒に乗り込んだ俺を、智が怪訝そうに見つめる。
「薮なら先に帰したよ。どうせ同じトコに帰るんだし、ついでじゃん?」
ってのは言い訳で…
本当を言えば、俺が予定外の行動を取ったことを怪しまれないよう、薮だけを先に帰したんだけどね。
所謂、刑事ドラマで良く言う、“アリバイ工作”ってやつだ。
それなら薮が無駄にお咎めを受けることもないだろうしね。
「あ、それよりさ…、今日の客って、例の“インポ野郎”でしょ? また酷いことされなかった?」
智が“インポ野郎”と呼んでいる客の日は、いつも身体にいくつもの痣を作っていることが多い。
それこそ縛られた痕とかも…
「痛いこととかされなかった?」
智の手を取り、シャツの袖を捲る。
でも智は俺の手を払い除けると、俺と視線を合わせることなく、
「心配するようなことは何もねぇよ…」
濃いスモークを貼った窓から外を眺めたきり、一言も言葉を発することはなかった。
だからそれ以上は俺も何も言えなくて…
マンションに着くまでの間、コツンと俺の肩に預けた智の頭を撫で続けた。