第18章 Emotion
近藤は俺の顔を見るなり、挨拶一つ交わすことなく軽々と俺を抱き上げた。
「な、なんだよ、下ろせよ…」
こんな仕事をしていても、いつまで経っても女のような扱いには、どうしても慣れない。
抗議した俺を抱いたまま、近藤は広いリビングにセンス良く配置さらたソファーに座ると、セットしていない俺の髪をサラッと掻き上げた。
「何かあったのか?」
聞かれて俺は思わず視線を逸らした。
ったく、ニノといい、近藤といい、なんでこうも勘が良いんだ…
「な、なんもねぇよ…」
そう、特別なことなんて何も無い。
もしあるとすれば…、近藤の声がいつもより遠くに聞こえることくらい、だろうか…
でもそれだって左耳に全神経を集中していれば、カバー出来ないこともない。
「そうか、なら良いんだが…。そうだ、実は頂き物のケーキがあるんだが、好きだろ、甘い物…」
「まあ…な…」
たった一度…、それもセックスの後にポツリ呟いた一言を覚えていたことに、俺は驚きを隠せなかった。
「良かった、俺は甘い物が苦手だから、丁度困っていたところなんだよ。ちょっと待ってろ」
そう言って近藤は俺を膝から下ろすと、見るからに使用感のないキッチンに入ると、一人暮らしには勿体ない大型冷蔵庫のドアを開けた。
ミネラルウォーターと、アルコールしか入っていない冷蔵庫から出てきたのは、思いの外デカい箱で…
近藤は箱ごとリビングのテーブルの上に置くと、どれがいいとばかりに蓋を開けて見せた。
途端に広がる甘い匂いが、俺の胸に刺さった棘を抜き取ってくれるような…、そんな気がした。
近藤がどんな顔をしてこれを買ったのか…、頂き物なんてのは嘘だ。
さっき腕に抱かれた時、近藤の服から、いつもの香水とは違う甘い匂いがしたから分かる。
俺のために用意してくれたんだ。
ってか、こんなに種類あっちゃ選べねぇじゃんか…
それでも俺は、十個はあるケーキの中で、唯一チョコでコーティングされたケーキを選ぶと、近藤が用意してくれた皿の上に載せた。
「一つでいいのか?」
「んなに食えっかよ…。ってか、丸々太った男抱きてぇか?」
「うーん…、それはちょっと…」
「だろ?」
肩を竦めて苦笑した近藤を横目に、俺はフォークで刺したケーキを一口頬張った。