第18章 Emotion
ずっと感じていた不安は、その日の朝現実の物になった。
いつも枕元に置いていた筈の目覚まし時計の音が、やけに遠くに聞こえて…
俺は隣で眠るニノを起こさないように、そっとベッドから抜け出ると、潤から持たされた音楽プレーヤーを手に部屋を出た。
ニノが起きてきた時のことを考えてバスルームに入った俺は、バスタブの縁に腰を掛け、イヤホンを耳に差し込んだ。
そしてプレーヤーの再生ボタンを押そうとしたその時、自分の指が震えていることにも気が付いた。
情けねぇな…、こんなことくらいでビビるなんて…
俺はついつい弱気になりそうな自分を振り払うように、頭をブルンと一振りすると、それでも震えの止まらない指で再生ボタンを押した。
すると、イヤホンを通して流れて来る無数の音が、俺の頭の中に溢れた。
大丈夫…、大丈夫だ…
自分に言い聞かせながら、そっと左耳のイヤホンを外した。
瞬間、俺は音の無い世界へと引き込まれ、瞬きをすることすら忘れた両目からは静かに涙が零れ、頬を伝った。
大したことない…
これくらいどうってことない…
そうさ…、ダンスを奪われ、夢まで奪われた潤の絶望に比べれば、耳が片方聞こえないくらい、どうってことない…
だってほら、こうしてまだ左耳は生きてる。
音を感じることが出来る。
なのに何でだろう…、涙が止まんねぇ…
俺は両耳に刺さったイヤホンを乱暴に引き抜くと、プレーヤーごとバスタブの中に落とした。
そしてシャワーヘッドをバスタブに向けた俺は、コックを捻った。
冷たい水がバスタブの中に満ちていく。
いっそのこと俺も水の底に沈んでしまえたら、少しは楽になるんだろうか…
馬鹿な考えばかりが頭の中を駆け巡り始めたその時、
「智? いるの?」
磨りガラスの向こうから聞こえた声に、泣き顔を隠すように頭からシャワーを浴びた。
「風呂…、洗おうと思って…」
咄嗟に思いついた言い訳をしながらドアを開けた俺を、驚いたように見開いたニノの目が、頭の先から足の爪先までを行き来した。