第17章 Betrayal…
「ちょっと待ってくれ」
店を出た俺を、遅れることなく店を出た坂本が呼び止めた。
「まだ何か?」
振り向いた俺の顔は、恐ろしく険しく歪んでいたんだろう、駆け寄って来た坂本が、一瞬息を飲んだように見えた。
「いや、時間が許すなら、ちょっと俺に付き合ってくれないか?」
「別に…構いませんけど…?」
劇場のことは雅紀に任せておけば安心だし、何よりこの落ち込んだ気持ちのまま、智との記憶が多く残る場所へは帰りたくない。
俺は坂本の後を、タバコを吹かしながら着いて歩いた。
連れて来られたのは、他でもない、坂本のスタジオで…
今更こんな所に来て、何になる…
内心訝しみながらも、俺は坂本に促されるまま、スタジオの一角にある事務室へと入った。
事務室に入った坂本は、言葉を発することなく、鍵付きの棚から一冊のファイルを取り出すと、数十枚はあるだろうか…紙を捲り、あるページで手を止めた。
すると今度はそのページを横目で見ながら、どこかに電話をかけ始めた。
一体何がしたいんだろう…
俺が坂本の行動に疑問を感じている間も、坂本は受話器を片手にペンを走らせていた。
そして、漸く電話が終わったのか、坂本はメモを手に俺の前に座ると、“ニヒル”と言う表現がしっくり来そうな笑みを浮かべた。
「風磨の居所までは掴めなかったが…」
そう言って坂本は俺の前に、走り書きのようなメモを差し出した。
そこには、「M・J」とだけ書かれていて…
「これ…は…?」
何のことだか全く意味の分からない俺は、坂本に向かって首を傾げて見せた。
「風磨が世話になっている店の、オーナーらしき人間の名前だそうだ」
「えっ…?」
あの貴族探偵ですら掴み得なかった情報を、どうやって…?
一瞬浮かんだその疑問は、電話の横に置かれたファイルの表紙に書かれた文字を見ただけで、簡単に答えは出た。
なるほどな、会員名簿か…
それなら当然、風磨自身に連絡はつかなくとも、周辺の人物…つまり身内には連絡が取れる。
思いも寄らない糸口の発見に、俺と坂本は顔を見合わせた。