第17章 Betrayal…
コトリ…、と空になったカップを皿の上に置き、長く息を吐き出した。
「一度…だけだったかな…、風磨から電話がかかって来たことがあってね…」
その時の会話を思い出しているんだろうか…、坂本の眉間に深い皺が刻まれる。
「それで…? 風磨はなんて…?」
俺は別段急かすわけでもなく、先の言葉を促す。
「“ずっと憧れてた人に、ダンス教えて貰えることになった”って…、風磨の奴そう言ったんだ」
「憧れてた人…、ですか?」
「そう…、アイツがダンスを始めたきっかけってのが、動画投稿サイトで目にしたダンサーだった、って、話を聞いたことがあってな…。もしかしたらそれが…」
「智かもしれないと…?」
坂本が無言で頷く。
確かに、智は俺と出会う以前、自身の記録のために、動画投稿サイトに練習風景をアップしていたと聞いたことがある。
智が嫌がったから、俺自身は実際には見たことはないけど…
でも、もし坂本の話が事実なら、それも頷ける。
スタジオの片隅で見かけた風磨の目…、あれは憧れその物だった。
「いや、でもちょっと待って下さい。もし仮に、その風磨って奴が智に憧れていたとして、智と風磨の間には、何の接点もない筈だ。二人が同じ店に出入りする理由にはならないでしょう…?」
坂本のスタジオには毎回同行していたから分かる、二人は会話どころか、視線すら合わせたことはない。
二人を繋げる接点なんて、どこを探したって見当たらない。
「他には…? 風磨は他に何て…」
冷静になろうとすればする程、逸る気持ちが抑えきれなくなって、ついつい早口になる。
「いや…、他には何も…」
「そう…、ですか…」
手詰まりか…
俺は落胆した気持ちを紛らわすかのように、冷めたコーヒーを一気に飲み干すと、灰皿の中で燻っていたタバコを捻り潰した。
仕方ない…
そもそも、智と一緒に写真に写り込んでいた青年が、たまたま坂本の教え子だった…ってだけで、そこから手がかりを掴めるかもしれないなんて、甘い考えだったんだ。
「すいません、お時間とらせてしまって…」
俺は伝票を手に取ると、足早に会計に向かった。