第16章 To a new stage...
「おかえり…」
部屋に戻った俺を、先に帰っていたニノが出迎えてくれた。
「ただ…いま…」
こんな時でも…いや、こんな時だからこそ、か…
誰かが待っていてくれることが、嬉しい。
「どう…だった? 酷いことされなかった?」
泣いたの、絶対バレてるよな…
ニノが暖めたタオルで俺の顔をそっと撫でてくれる。
「心配すんな。なんつーの、すげぇ紳士だったって言うか…、優しくはしてくれたからさ…」
事実、俺の相手だった男は、見た目こそワイルドを絵に書いたような形をしていたが、その外見には似合わない、とても丁寧で優しいセックスをする男だった。
「そっ…か、それなら良かった…。あ、名刺は? ちゃんと貰った?」
「あ、ああ…、それなら確かここに…」
俺はジャケットの胸ポケットを探ると、そこから何枚かの札と一緒に、名刺を取り出した。
そこには“近藤真彦“…、そう書かれていて、世相にも疎い俺でも知っている企業の社長だと書かれていた。
「凄いじゃん、智。これ、絶対無くしちゃダメだからね? 後々役に立つかもしれないから」
「分かっ…た…」
ニノの言葉の真意は分からない。
でも少なくとも、この近藤と言う男は悪い奴じゃない。
そんなに経験があるわけでもないが、一度身体を合わせれば、それくらいのことは俺にだって分かる。
俺は名刺を、クローゼットの奥に仕舞ったボストンバッグの底に入れた。
「それよりね、智…」
「ん? 何だよ急に深刻な顔して…」
ついさっきまで穏やかな笑みを浮かべていた顔を曇らせ、ニノは小さなテーブルを挟んだ向かい側に座るよう俺に言った。
「あのさ、その…こんなこと智の耳に入れていいかどうか分かんないんだけど…」
「何…?」
「だからその…」
妙に先を濁そうとするニノが、焦れったくて…
「ハッキリ言えよ…」
思わず返す言葉がキツくなる。
「わ、分かった、言うよ…言うけどさ、驚かないで聞いてね?」
今更何も驚くことなんてない…
そう思ってた。
でも、
「翔さんがさ…、店に来てたらしいんだ」
「翔…が…?」
一瞬にして真っ黒に染まった視界と同時に、俺の意識もそこでプッツリと音を立てて途切れた。