第16章 To a new stage...
「あの曲を、レセプションパーティの場で披露したいんだけど、どう思う?」
潤がそう言ったのは、オープンを三日後に控えた、ベッドの中での事だった。
当然俺は、潤の言う“あの曲”の意味が分からず、意識を朦朧とさせながらも聞き返した。
すると潤は、俺の額に張り付いた髪を指で掬い、クスリと笑った後、
「智が杮落としのステージで踊った、あの曲に決まってるでしょ? あ、勿論振り付けもそのままでね?」
と、事も無げに言い放った。
瞬間、俺は閉じかけた瞼を見開き、優雅な仕草でバスローブを纏う潤の手を掴んだ。
「駄目だ…、あの曲だけは駄目だ…」
アレは俺が翔のために…翔のためだけに作り上げたプログラムだ。
それを他の奴に踊らせるなんて…
ましてや、あの曲の振り付けは、振り付けた俺ですら、未だ完璧には踊りこなせていないのに…
素人同然のダンサーなんかに踊れるわけが無い。
「他の振り付け考えるから…、だからあの曲だけは勘弁してくれ…、頼むから…」
これ以上、俺に翔を裏切らせないでくれ…
もうこれ以上…、お前を嫌いにさせないでくれ…
「くくく、それは出来ない相談だな」
「潤!」
思わず声を荒らげた俺の両手首が、乱暴にベッドへと貼り付けられる。
「智に拒否権なんてないんだよ? まだ分からないの?」
俺を見下ろす潤の目に、ゆらゆらと燃え盛る怒りの炎が浮かぶ。
「それにね、智がどれだけ拒んだとしても、俺の手元には映像が残ってるから。この映像を元にすれば、わざわざ智の手を借りる必要もないしね?」
「そん…な…」
俺には大切な物を守る権利さえ与えられないのか…
俺は一体どこまで苦しめば、お前に許して貰える?
唯一俺が俺らしく生きられる場所を捨て、初めて心から愛した翔を捨てたのに…
それでもまだ俺に捨てろと言うのか…
もう捨てる物なんて、何一つ残ってやしないのに…
「…分かった…。ただ、あの振り付けはアイツらには無理だ」
「分かった、智に任せる。嬉しいよ、智…」
瞳の奥に未だ燻る炎を宿したまま、穏やかに微笑んだ潤が、俺の頬を濡らした涙を指で掬った。