第14章 Separation…
全ての支度を済ませ、楽屋からの階段を降りる。
無理を言ったせいか、幕開きまでの時間は少ない。
健永の照らす懐中電灯の灯りだけを頼りに、暗い奈落を進み、丸く切り抜かれた板の上に立つと、一気に緊張が駆け抜けた。
こんなことなら、いつものように翔にキスして貰えば良かった…
アイツのキスは、不思議と緊張を解してくれるから…
今更後悔したって仕方ない。
泣いても笑っても、後数分…いや、数秒もすれば幕は上がる。
俺は頭上にポッカリと空いた天を仰ぎ、瞼をそっと閉じた。
そして息をスッと吸い込むと、丁度顔が隠れる高さで檜扇を開いた。
幕開きのブザーが鳴り、
「5,4,3,2,1…」
カウントがゼロになったと同時にスポットライトが灯され、板が競り上がる。
目が眩むような眩いライトの下で、俺の耳に聞こえて来たのは、どよめきとも違う、無数に吐き出される溜息と、直後に上がった割れんばかりの歓声だった。
俺は力の限り舞い、踊った。
全神経を指の先まで行き届かせ、伏し目がちに向けた視線と、白く透き通る肌を客の欲を際限なく煽った。
俺の身体を舐めるように見上げる無数の熱い視線と、雄叫びにもにた歓声に、身体を熱く震え…
自然と涙が溢れた。
汗と涙で頬を濡らしながら、それでもそれを一切隠すことなく踊り切った俺は、客に向かって深々と頭を下げると、曲の終わりと同時に暗転したステージの上に跪き、汗と涙が染みを作った板にそっと口付けた。
そしていつまでも鳴り響く拍手の中、俺は誰とも言葉を交わすことなく楽屋に戻ると、適当にシャワーを済ませ、例のボストンバッグを取り出した。
翔に持たされたスマホは、俺専用のメイク代の片隅に置いた。
それからカードの類いも一緒に…
翔の名義になっている物は全て…
「ごめんな…、翔…。それから…、ありがとうな…」
薄暗い階段を降りた先で、舞台袖からステージを見守る翔の背中に声をかけ、俺は劇場裏口から外へと飛び出した。