第14章 Separation…
いつもより少し早めに劇場入りした俺は、坂本に貰ったダンスシューズを手に、無人のステージに立った。
そういえば…、坂本に本格的なダンスを習うまで、ダンスシューズの存在すら知らなかったんだよな、俺…
スニーカーとダンスシューズとでは、見た目こそそう違いはないが、履き心地はこんなにも違うのに…
履き慣れたスニーカーからダンスシューズに履き替え、爪先でトンと床を蹴り、軽くステップを踏んでみる。
ああ、やっぱりだ…
不思議なくらいに足に吸い付いてくる感覚、それでいて蹴り上げた瞬間の足の裏に感じる小さな衝撃…
何もかもが俺の為だけに作られたステージ。
まさかこのステージを去る時が来るなんて…思ってもなかったな…
軽く汗を流した俺は、そのまま楽屋への階段を駆け上がると、衣装部屋の奥に隠しておいたボストンバッグを引き摺りだし、そこにダンスシューズを仕舞った。
そして鏡の前に雑然と並べられたメイク道具を綺麗に並べ直した。
「あれ、智さん? 今日早くないですか? 入り時間、まだですよね?」
声をかけて来たのは、クリーニング済みの衣装を両手に抱えた健永だ。
「ああ、なんか時間間違えたみたいでさ…」
相変わらず下手な言い訳だぜ…
「あ、そう言えばさ…、あの衣装…まだ返してなかったよな?」
「ああ、まだですけど…。聞いてた予定だと、別の衣装だったような…」
「そう…なんだけどさ、気が変わった…っつーか、折角だから客の前でも踊ってみたくてさ…」
元々はこけら落としの為だけに作られた演目…
一般の客に披露する予定はなかった。
でも最後だし…、俺が出来る最高のステージを…
「無理ならいいんだけどさ…」
「智さんの出番て、二部の頭でしたよね…。だったら間に合うか…」
メイクにかかる時間と、着付けにかかる時間を計算しているんだろうな、健永が壁の時計と睨めっこしながら、指を折っていく。
そして”うん”と大きく頷くと、
「いいですよ、やりましょう」
シャツの袖を捲った。