第12章 Goodbye, and ...
ボストンバッグのズッシリとした重さと、思いがけず抱き締められて、キスまでしてしまったせいか、別れが惜しくなった俺は、駅まで送ると言う潤の申し出を断ることなんて出来ず…
「んじゃ駅まで頼むわ」
「了解!」
公園の駐輪場に停めた潤の愛車(自転車)に跨り、細いけど引き締まった潤の腰に腕を回す。
「ちゃんと掴まっててよ?」
「分かってるって…」
時折吹き上げてくる、川面からの冷たい風に振り落とされないようにしっかりと、って…
本っ当、心配性なんだよな、潤て…
最寄りの駅までは自転車なら、多分10分もかからない距離。
その間俺達の間に会話はない。
聞こえるのは、風を切る音と、ペダルを漕ぐ毎に上がって行く潤の息遣いと、それから徐々に背後から近付いて来る雷鳴…
ついさっきまであんなに青かった空は、いつの間にかその色を薄いグレーに変えていた。
雲行きが怪しくなってきたのを懸念してか、潤がペダルを漕ぐスピードを上げる。
それでも、ポツリ…、またポツリと落ちて来る雨粒は次第に強さを増して行き、乾いた地面を瞬く間に濡らして行った。
漸く駅舎が見えて来た頃には、髪も、着ていたシャツもびしょ濡れになっていて…
俺は、俺のためにびしょ濡れになってべダルを漕ぐ潤に申し訳なくて、
「潤、もうここでいいから!」
「なに…、聞こえない…!」
「だから…ここでいいって…」
叫ぶ俺の声は、地面に叩き付けるような雨音と、空を真っ二つに裂くよな雷音に掻き消され、潤の耳には届かない。
俺は仕方なく腰に回した腕を片方解き、濡れたシャツの背中を引っ張った。
「潤っ! もういいって…」
「えっ? なに、聞こえない」
断片的に届く俺の声に、潤が目深に被ったキャップごと振り向く。
その時、雨音でも、雷音でもない…、耳を劈く(つんざく)ような音が響き…
俺達は、深く厚くいグレーの雲が覆う空を飛んだ…