第10章 Rainy kiss…
乾いた喉を潤そうと、自転車のカゴにあったペットボトルを手にベンチに座った。
その時になって、漸く松本がスマホで録画していたことに気が付く。
「お前、勝手に撮ってんじゃねぇよ…」
苦情を言いながら、ペットボトルを傾けると、火照った身体にレモンの酸味が染み渡る。
「つかさあ、それどっかに流すなよ?」
完全に自分のモノにしていないダンスをやたら滅多らバラ撒かれるのは、真っ平御免だ。
「うん、分かってる」
俺の意図を察したのか、松本はスマホをポケットの中に捩じ込んだ。
「やっぱ凄ぇなあ…」
松本が溜息混じりに言う。
「初めて動画サイトで見つけた時もそうなんだけど…まるっきり別人だよね?」
「はあ? なんだそれ…」
横目でチラリと俺を見て、プッと吹き出す松本を睨み付ける。
「いやいや、変な意味じゃなくてさ…、そのなんて言うか…ギャップ? 学校にいる時は、超ボケーッとしてんのに、いざ踊り始めると、超イケめてるっつーかさ…」
慌てて両手を俺の目の前でヒラヒラさせる松本の顔は、濃い顔に似合わず妙にあどけなくて…
「俺に言わせりゃ、お前だって随分印象違うけど?」
周りに興味がない俺でも、松本の存在は薄らと知っていた。
結構なイケメンだし、何よりその顔の濃さはインパクト大だったから…
クールでいけ好かない奴…俺とは全くタイプの違う奴だと、ずっと思っていた。
それがまさか、こんな風に無邪気に笑うなんて…意外だった。
「もし良かったら、で構わないんだけどさ、連絡先交換しない?」
一度はポケットにしまい込んだスマホを取り出し、無料通話アプリを立ち上げる松本。
俺まだ良いとも何とも言ってねぇけど…
「大野くんのスマホ貸して?」
「あ、ああ、うん…」
友達なんていらない。
なんなら“質より量”のソーシャルな関係だったら、もっといらない。
ずっとそう思ってたのに、俺の手は無意識のうちに松本に向かってスマホを差し出していた。