第10章 Rainy kiss…
その後も、何のつもりか松本潤は諦めることなく、来る日も来る日も俺に動画を見せては、
「これ絶対君だと思うんだよね…」
と繰り返した。
「違う、俺じゃない」って何度も否定してるのに…
でもその時はどうしてだか否定する言葉が口から出て来なかった。
いや、否定することが出来なかった…、の方が正しいのか?
「もういい加減観念したら? これ絶対大野君だよね?」
初めて…だった。
高校に進学してから、もう数カ月は経とうとしているのに、名前を呼ばれたのは、その時が初めてだった。
いつだって教室の片隅にポツンと一人いる俺の存在なんて、誰も知らないと思っていた。
クラスの奴らだって、教師にしたって同じだ、俺の存在なんて最初からそこになかったかのように扱っていた。
尤も、俺自身が壁を作っていたんだから、それも当然のことなんだろうけど…
なのにコイツは…松本潤は、俺を“大野君”って呼んだんだ。
俺の鋼鉄のように硬い壁に、ほんの僅かな風穴を開けたんだ…。
それもたった一言で…
正直、複雑だった。
居場所がない…寧ろ自分の居場所なんて必要ないとすら思っていたのに…、松本潤に名前を呼ばれた瞬間、そこに少しだけ自分の空間が出来たような気がして…ほんのちょっと嬉しかった。
なのに俺は、
「だったら何だよ…、文句あんのか…。つか、俺が何してようと、お前には関係ねぇだろ…」
机に顔を伏せたまま、ぶっきらぼうな態度を装った。
すると松本潤は近くにあった椅子を引き寄せ、そこにドカッと腰を下ろすと、俺の机に両肘を着き、クスリと笑った。
「やっとだよ…。やっと認めてくれたよ…。あのさ、実は俺もダンスやっててさ…」
「それがどうした…」
「一緒に踊んない?」
いつもの軽いノリとは違うその声は、顔を見なくたって分かる程真剣その物だった。