第9章 For You…
俺はパーティ会場を飛び出すと、ふらつく足取りでトイレへと駆け込んだ。
スーツの袖が濡れるのも構わず、勢い良く流れ出る水を顔に浴びせた。
ニノと行った祭りで見かけたあの後ろ姿…、アレは夢や幻なんかじゃなかった…
潤は生きてたんだ…
でもそれならどうして今頃…
「くくく、まるで幽霊でも見たような顔だね?」
ポタポタと雫を落とす前髪を掻き上げ、鏡を見上げた俺の背中に、懐かしい声がかかる。
「潤…どうして…」
振り返ることなく言った俺に、潤は言葉で答える代わりに、ゆっくりと歩を進め、鏡越しの俺を視線だけでその場に縛り付けた。
息をすることすら忘れたように動けなくなった俺の肩に、潤の腕が回される。
ああ、この感覚…今でも身体が覚えてる。
「生きて…たんだな…」
「ああ、生きてたよ? 勝手に死んだことにされてたみたいだけどな…」
そう…、潤が死んだと勝手に思い込んでたのは俺…
母ちゃんの言葉を信じて、事実を確かめることなく、飛び出してしまったから…
「で、でも…っ…、生きてたならどうして…どうして会いに来てくれなかった…」
勝手に現実から逃げ出したのは俺なのに…
「どうして、か…。話せば長くなるかな…。でも一つだけ言えるのは、俺が目覚めた時、お前はもういなかった、ってことかな。俺を捨ててな…?」
「違っ…、捨てたんじゃない…、俺は…」
潤を亡くしたという現実に耐えられなかった…、だから…
「ふーん…、じゃあさ…、捨てたんじゃないって言うなら、どうして違う男といるの? 俺以外の男と…」
「それは…」
肩に回された潤の腕に力が入る。
苦しい程強く…
「ねぇ、智? 俺達もう一度やら直さない? ストリッパーなんて辞めてさ…。智が踊りたいって言うなら、俺がもっと智に相応しいステージを用意して上げる。だから…」
あの時と同じ…、氷のように冷えた指先が俺の頬を滑り、薄い唇が俺の唇に重ねられた。