第9章 For You…
駄目だ…って…、心では拒んでいるのに…
一心に俺への愛を捧げてくれる翔に対する裏切りだって…、ちゃんと分かってるのに…
それでも再び目を覚ましてしまった潤への想いは、どうしたって抑えることが出来なくて…
気付けば、唇の隙間を押し開くように差し入れられた潤の舌先を、俺は拒むことなく受け入れていた。
「くくく、昔はキス一つで真っ赤になってたのに…。あの男に随分と色々教わったようだね、智も…」
そう言った潤の顔が一瞬不気味に、そして醜く歪んだ。
「えっ…? …うぁっ…!」
僅かな恐怖を感じて見上げた俺は、次の瞬間叩き付けられるように壁に背中を押し付けられ、濡れた髪は鷲掴みにされ、緩めた筈のネクタイが絞め上げられた。
「じゅ…、じゅ…んっ…! 苦し…っ…」
「許さないから…。俺から夢を奪い、身体の自由まで奪った智を、俺は許さないから。だから智? 俺の側にいて? ずっと俺の側で、俺のためだけに踊ってよ…」
恐怖…なのか、噛み合わない歯がカチカチと音を立てる。
「くくく、そんなに怯えなくていいのに…。そうだ、智一人では寂しかったら、なんて言ったっけ…二宮君だったかな? 彼も一緒に俺の所に来ればいいから」
ニノ…?
どうして潤がニノのことを…?
「ニノは…関係ねぇだろ…」
「うーん、そうかなぁ? 彼自身、俺とは全くの無関係とは言い難いからな…。ま、二宮君のことは置いといて、一度考えてみてよ。悪いようにはしないから」
前髪とネクタイを掴んだ手が解かれ、ズルズルと膝から崩れる俺を、潤の冷ややかな視線が見下ろす。
「一週間上げる。あの場所で待ってるから…、智が来るまで、いつまてでもね…」
それだけを言い残し、立ち去った潤の足は、僅かに引き摺っていて、その後ろ姿を見た瞬間、俺に一週間どころか、選択の予知など残されていないことを悟った。
人気のなくなったトイレで一人涙を流す俺の脳裏に蘇ったのは、俺達が互いの夢を語り合い、同時にほろ苦さを味わった、あの場所だった。
ごめんな、翔…
お前の愛に応えてやれなくて…
『踊り子』第一部完結