第9章 For You…
親父さんは俺の顔を見るなり、それまで堅物然としていた顔を思いっきり緩ませ、翔とは違う武骨な手で俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
折角健永がセットし直してくれたのに、これじゃ台無しだ…
でも…、不思議と悪い気がしないのは、もうずっと会ってない父ちゃんを思わせるから…なのかもしれない。
尤も、昔ながらの職人気質の父ちゃんと、企業のトップでもある翔の親父さんとでは、似ても似つかないけど。
ま、苦手か苦手じゃないか、って聞かれたら…苦手な部類には入る。
けどどうしても嫌いになれないのは、何の取柄もない、しがないストリップダンサーを、ましてや女でもない俺を、ちゃんと翔の恋人としての認めてくれてるから…、なんだろうな。
「俺、飲み物取ってくるわ…」
親父さんへの挨拶を済ませた俺は、役目は終わったとばかりに翔の手を解き、食欲をそそる目にも鮮やかな料理が並ぶビュッフェコーナーに向かった。
皿に適当に料理を乗せ、最後にきめ細かい泡が立つシャンパンのグラスを手に取った。
パチパチと弾ける発砲音が、耳にとても心地いい。
俺はシャンパンを口に含むと、壁に凭れかかり、料理を摘まみながらグラスを傾けた。
視界の中に、誰にも臆することなく挨拶を交わして行く翔の姿を、常に捉えながら…
そうして何杯目かのグラスを空けた時、俺の視界に、翔ではない…でも確かに見覚えのある男の姿が飛び込んできた。
「嘘…だろ…? なんでアイツがここに…?」
俺は咄嗟にグラスを置き、その男の姿を追った。
嘘だ…、だってアイツはもう…
きっとただの他人の空似だ。
「バカだな…またアイツの幻覚見るなんて…」
自分に言い聞かせ、再びグラスを手に取った俺は、それを一気に煽り、口元をスーツの袖で拭った。
酒のせい…
そう思いたかった。
でもゆっくりとこちらに向かって歩いて来るその姿を見た瞬間、微かに抱いた希望は、俺の手の中から滑り落ちたグラスと共に、粉々に砕け散った。