第9章 For You…
ステージを終えると同時に意識を飛ばした俺が、次に目を覚ましたのは、ヤニ臭い支配人室のソファーの上だった。
全身に纏ったラメ入りのボディークリームは綺麗に拭き取られ、バスローブまで着せられている。
「俺…、どうして…」
「覚えてねぇのか?」
「うん、まあ…」
全く記憶が無いわけじゃない、ぼんやりと…ではあるけど、あの拍手と歓声だけは覚えている。
「どう…だった?」
「どうって?」
デスクの上のノートPCを閉じ、翔が俺の横たわるソファーへと移動して来る。
ソファーの肘掛けに腰を下ろし、俺の額に貼り付いた髪を指で掬い、腰を屈めるようにしてそこに口付けた。
「翔…?」
「正直に言っていいか?」
そう言った翔の声がいつになく真剣で、俺は少しだけ身体を起こすと、翔の顔を見上げ、小さく頷いた。
「お前をステージに立たせるのが、嫌になった…」
「は? なんだよ、それ…」
俺はもう必要ない…って、そう思わせるくらい、悪いステージだった…って、そういうことなのか?
怒りでも無い…、失望でもない…、複雑な感情に揺れる瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。
泣くつもりなんてなかった。
でも一度涙腺が崩壊してしまったら、もう自分ではどうしようも出来なくて…
まるでダムが決壊してしまったかのように涙が溢れ出した。
自分なりに…、俺は持てる力の全てを出し切り、翔のためだけに踊ったつもりだった。
でも翔には、俺の想いは一つも届いていない…、そうなのか…?
「そっか…、そう…だよな…」
ちょっと坂本みたいに凄ぇダンサーに教わったくらいで、調子に乗ってたんだよな…俺…。
所詮素人はプロのようには出来ねぇから…
「悪かったな、翔…」
お前のために踊る、なんて…よくもそんな大層な事が言えたもんだ…
自分が情けなくて、恥ずかしくて…
俺は素早く身体を起こすと、バスローブ姿のまま、支配人室を飛び出そうとした。