第8章 理解が困難なアイツと私
しかし困ったものだ。
気の利かない女を演じようと、たった今決めたのに、目の前には二つのコップがすでに置いてある。
この男の、ここ2日に掛けての態度で、来るであろうと予想を立てて、健気にも準備をしてしまった自分が呪わしい。
妙に強調感が強い色のコップに、目敏いジャンが気付かない訳がない。
私は観念して、その二つを持ち、ジャンに向き直った。
「コップはどっちがいい?」
別に使わないなら、水の入った容器そのままに飲めばいいけど。
と、添えてやればいいものの、口に出す勇気はもちろん、ない。
「なんだそれ?選べんのか?スゲェな。」
なんだそれ、とは何だ。失礼な。
私の宝物に向かって、随分と失礼ね。
食堂から持ってくると、あとで返しに行かなきゃいけないから、自分の部屋にあったもので用意したのは失敗だったのかも知れない。
このコップにまつわる昔の思い出がチラチラと脳内を擦り、気分が暗くなってしまった。
「……お母さんが趣味で集めてたから。」
そう言った私の手から、青いコップを受け取ったジャンに、再び背中を向けた。
別に私は、エレンやミカサのように、目の前で両親を亡くした訳ではない。
一人、留守番してて。
家で本を読んでいた時に、隣の家に住んでいた叔母さんが巨人の襲来を教えてくれて。
お母さん達も、きっと後で来るから、と。
赤の他人のその叔母さんと、慌てて大事なものだけ鞄に詰め込んで。
馬で避難した。
近所の人はみんな揃っていたのに。
不幸にも、私の両親だけ、来ないままだった。
過去に縋っても、両親は返って来ないのに。
母と買い物に行った時、一緒に選んだこのコップを、いつまでもしまえずにいる私は、あの時から何も成長出来ていなくて。
世界の残酷さで心が汚くなっていきそうだ。
「……へぇ。綺麗なモンだな。」
「ッ……?!」