第8章 理解が困難なアイツと私
驚いた。
ジャンの言葉に。
それを買った時に母が呟いたものと、
父が初めて手に取った時と、
全く同じ台詞に、懐かしさすら感じて。
「でしょ?」
嬉しかった。
自分の宝物が褒められて。
自分の思い出が褒められて。
って、こんな事で喜んでいる場合ではない。
取り敢えず、今から心理戦を制さなければいけないと言う状況であるのに、何を和んでしまったんだ。
親しい間柄でもないのに。
一つ、小さく息を吐き、出来るだけニッコリとジャンを見た。
「……それで、今日は何の用ですか?」
パンを手に取りながら私は話を切り出した。
敬語をわざと使ったのは、精一杯の他人行儀である。
ジャンは「ん?」という顔をしてから、コップの中のものをグイッと飲み込んだ。
「用がねぇと、ダメか?」
「いや、ダメっていうか……わざわざ部屋に来ることなくない?」
そう言いながら、ズイ。と差し出してきたジャンのコップに、お水を注ぐ。
「サンキュ。」と笑ったジャンは、再びコップに口を付ける。
中身はただの水だと言うのに、味わうように目を閉じると、絞り出すような声を漏らした。
「……あー……、何か、これで飲むと、美味いな。」
「え……?あ、うん。」
「滑らかっつーか、何つーか。」
「やっぱり?……じゃなくて、ジャン、私の話し聞いてる?」
危うく話しを逸らされそうになり、慌てて引き戻す。
いや、確かに容れ物が違うだけで味は変わるし、食や飲み物の話しに花を咲かせるのは好きだけど、それは今じゃなくていい。