第10章 揺れた瞳はダレのせい?
ひとつだけ、違和感があるとするのなら。
突然、美咲がハンジさんの身の回りの仕事を任されるようになった事だ。
書類整理が早いと耳にはしていたが、今更何故?
疑問は湧くが、ハンジ分隊長の考えている事は、俺には理解出来ねぇ事だらけだし、特別気に止める事もなかった。
そんな日々がしばらく続いたある日。
午後9時過ぎのハンジさんの書斎には、一人で黙々と資料を分ける美咲の姿。
「美咲。」
声を掛けると、彼女はこちらに振り向く。
俺はいつものように尋ねる。
「今日は?」
その質問に答えたのは、大きな溜息。
「無理。これ、絶対夜中までかかる。」
ここしばらく、俺も壁外調査で遅くなる毎日を送っていたが、俺以上に疲弊していたのは、美咲だ。
元々、疲れを表に出すタイプではないし、毎日きちんと整った髪型、外見をしているから、周囲に気付かれない事も多いだろう。
彼女が整理している資料について、詳しくは知らない。
だが、あのハンジ分隊長の仕事だ。
面倒……
とは人聞きが悪いが、ストレスの溜まる仕事だって事は分かった。
「そうか。じゃぁ、お疲れ。」
そう言った俺の方を見向きもせず、美咲は「お疲れ様。」と言って、ひらひらと手を振った。
自分で気付いているのか、いねぇのか。
あいつは頑張り過ぎだ。
確かに、何かに夢中になってねぇとやってらんねぇような世の中ではあるが、もう少し肩の力を抜いても、誰も責めたりなんかしねぇのに。
そんな事を思いながら、パタン。
書斎の扉を閉める。
腹減ったし、飯食いてぇな。なんて思っていた時に、フと。アイディアが思い浮かんだ。
……ちょっと、踏み込みすぎか?
と躊躇しつつも、いや、と頭を振る。
どうしても、気になる。
ちゃんと、発散させてやりたい。
そういう事が出来る相手で、いたい。
そんな思いに突き動かされるように、俺は宿舎の調理場へと進んだ。
今の美咲に、俺が出来る事。
こんな事を、誰かにしてあげたい。なんて思ったのも、生まれて初めてだった。