第1章 三角形 case1
何も言えない。
今は、気持ちに応えてあげる事が出来ないんだから、何も言っちゃいけない。
出来るのは、ただ、その顔を見ている事だけ。
「焦ったって急かしたって決めるのはさくらで。こんな事をすれば、俺自身が不利になるのも分かってるけど。」
手の力が緩んだ。
今度は労るように髪の隙間から頭を撫でている。
「俺は、すでに、さくらが気付くまで何年も待ってるから。出来るだけ早めに、答えが欲しい。」
やっと手が私から離れていった。
そんなに長く、こんなに深く、私を想ってくれていたなんて気付けなかった。
いや、もしかしたら‘兄妹’でありたいが為に無意識に、気付いていないフリをしていたのかもしれない。
そうでなければ、京ちゃんは私に甘くて我儘を聞いてくれて、絶対に味方で守ってくれて、なんて自信持って言えない。
自分にとって心地好い関係でいる為に、壁を作って恋愛には踏み込ませないようにしていたんだ。
思えば、周りに勘違いされる度に幼馴染みの上に‘兄妹’と付け足して発展しないようにしてきた。
京ちゃんがその度に、少し迷っているのも分かっていたのに、話を変えて先の言葉は言わせなかった。
‘かも’じゃない。
本当は気付いている自分に、気付かないフリしてたんだ。
自分を護る為に、ずっと京ちゃんを傷付け続けてた。
思い出すと、悪い事をしてきた、と後悔ばかり。
「ごめん。ごめんね、京ちゃん。」
口から出るのは謝罪の言葉しかなくて、涙が勝手に流れ落ちる。
嗚咽が漏れて、まともには喋れなくなっていた。