第1章 三角形 case1
‐赤葦side‐
小さい頃から傍にいて、ずっと俺を追いかけてくるさくらが女性として好きだ。
でも、俺が幾ら、彼女に女を感じていても。
彼女の方は、兄妹みたいだと、俺に男を感じていないのは知っていたから。
失う事が怖くて、言葉には出さなかった。
何より、さくらの拒否を聞きたくなかった。
だから、からかいがてら黒尾さんに言われた言葉には反応が出来なかった。
否定、肯定、スルー、試合中のように幾つもの選択肢が浮かぶ。
そのどれを選んでも正解ではない気がして黙り込んだ。
思いがけず知ったさくらの気持ちという現実は、考えていたよりも残酷で。
同意を求める姿にも反応をし損ねた。
“お互いに”か…。
俺は違うよ、と言ってしまえばさくらとの関係は変わるだろうか。
きっと、冗談としてしか受け取らず、笑って返すよね。
「お前は好きなんダロ?」
頭でごちゃごちゃ考えていると、不意に耳元で聞こえた声にはっとして顔を上げる。
何を言おうにも、すでに声の主は自分のいるべき場所に帰っていた。
目の前のさくらに声を掛けられると自然と目はそちらに戻る。
さっきまでの話は無かったかのように、別の質問。
恋人に間違われても、否定しておしまい。
しかも、勝手に“お互いに”そうだと決めつけて。
赤葦先輩、なんて慣れない呼び方を使ってみせて、俺から距離を取ろうとする。
俺の気持ちはお構い無しに話すさくらに若干の苛立ちを覚えた。
面倒なんて、ただの言い訳。
本当は、さくらの名前を幼馴染みの立場を使って独占したいだけだよ。
そんな本心に気付く訳もなく、さくらはドリンクの入ったカゴを持って俺に背を向けた。
一言置いて離れていった彼女が、その日俺に話し掛けてくれる事はなくて。
あんなに近くにいた筈のさくらが、とても遠くに行ってしまった気がした。