第1章 三角形 case1
含みのある笑顔で、去り際に京ちゃんの耳元で喋ったのは見えたけど、何を言ったかは分からない。
「誰なの?」
「…音駒の主将。」
私の質問に、一言で答える京ちゃん。
からかわれたのが嫌だったのか、機嫌はあまりよくなさそうだ。
「赤葦先輩、って呼ぶようにしようか?そうしたら、今回みたいな事も無くなるし。」
そんなに嫌なら、と思い付いた事を提案した。
「いいよ、別に。俺も小熊って呼び方変えるの面倒だし。」
「そう?…じゃあ私、他の人のトコに行って来るね。」
淡々と会話をして、その場を離れて他の部員にドリンクを配りに回った。
京ちゃんとは、気心知れた仲で、傍にいるのは気が楽だ。
でも、傍にいる時間は減らさないと今回みたいな事はきっとまたある。
その度に面倒臭そうな、機嫌の悪そうな京ちゃんを見るのは嫌だ。
気まずくもなるし、良い事はない。
だから、離れるんだ。
距離を置くんだ。
合宿の間だけだから。
梟谷の人達は私達の関係を知ってるから、知らない他校生がいる間だけ。
心地良い空間にいられなくても、恋人と間違われて、今の関係を壊すよりはずっとマシだ。
そう思って、その日は故意に京ちゃんを避けて過ごした。