第5章 ※三角形 case3※
店の前で、どっちが払うかの押し問答をする事ほど、格好悪い事はない。
返事は諦めを意味する溜め息だけにして、店の中に入った。
店内は、高級料理屋なのに、普通の居酒屋みたいな感じで。
これなら緊張もしなさそうだと安心したのも束の間。
予約で個室を用意されていたらしく、中庭を通って案内されたのは、ドラマにでも出てきそうな部屋。
こういう場所には慣れず、ついキョロキョロとしてしまう。
「ぶっ!緊張し過ぎ!もうちょい、楽にしとけよ。」
「秋紀は緊張しないの?」
「俺、こんなんでも全国とか何回も出てるし?緊張とか、慣れてんだよ。顔に出ない程度には。」
突っ込んできた秋紀も、平気という訳じゃないらしく。
表に出ている緊張を伝えるように手を握ってくる。
手のひらが、かなり湿っていた。
いつもとは違う雰囲気のある場所では、ただ緊張を伝えようとしただけの行為でも恥ずかしくて。
「手汗を私の手で拭うな!気持ち悪い。」
思ってもいない暴言と共に手を振り払う。
「えー?汗くらい気にすんなよ。いつも、俺の体液まみれになって…。」
「下品っ!」
秋紀は気にしている風でも無く、ニヤりと笑った。
いやらしい事が容易に想像出来る言い方に、食い気味に突っ込む。
このやり取りのお陰なのか、すき焼きが運ばれてくる頃には緊張はどこかにいっていた。